第五十九話 次のフェーズへ

 やっとの思いで山頂にたどり着くと、眼下に広がる景色に目を疑った。


「なにが……なにが起こった?」


 山頂から見下ろす先は、ゆるい入江に広がる港町だったらしき焼け野原だった。

 火災の煙でもやかかったようにうっすらとしか見えないが、まだ燃え残りがあるのかそのもやの中から、いく筋も黒煙が上がっている。


「なんと……」


 言葉を失う。

“ラの国”の艦隊は夜襲の報復に、砲撃で港町すべてを焼き払ったのだ。


「なんと……」


 戦とはいえ。

 いや戦だからこそ略奪するために制圧はしても、街一つを焼失させることはない。

“ラの国”の大艦隊に『傷をつけた』ことが、よほど腹に据えかねたのだろう。


「急ぎ戻らねばなるまい。ちと薬が効きすぎたようじゃ」


 虐殺が起こる――そう予感がした。

 ああ、だから戦争って嫌なんだよ。憎しみが暴走して人が人でなくなる。


 山頂から左手に目を移すと遠く竜宮城がみえる。

 そこへあの憎悪を持ち込ませてはならない。まだ避難していない人たちも残っているはずだ。


 山頂から飛ぶようにそちらへめがけて駆け出した。


――――ヘロヘロで王都エテルネルにたどり着くと。


 王都の入り口で兵士に出迎えられて、馬車まで準備されていた。

 先日まで争っていたと思えないほど、ワルレー軍の人たちがなぜか協力的?


 聞けばクロウさんが戻ってきたら『最優先で連れてこい』と指示されていたようだ。


「さぁ早く乗れ」

 とせき立てられるんだがクロウさん。


「ま、待ってたも、昨日からなにも飲み食いしておらぬ。水と握り飯でもたまわれんかの?」


 とおねだりしてる。

 チッと舌打ちして「まってろ」と言うと、黒パンとワインの入った水筒を持ってきてくれた。


「おぅ、助かった。恩にきるぞぇ、お主の名は?」


 いきなり名前を聞かれた兵士は少し戸惑っていたが、

「ダル・ラフォンだ」と短く告げる。


「おお、ダル・ラフォン殿か? クロウ・ホーガンじゃ。以後お見知りおき願おう」

 そう言って丁寧に頭を下げた。


 なんなの? この一連の流れは?


(殺すつもりなら、わざわざ飯を渡すわけが無かろう? 家名を名乗るのに躊躇ちゅうちょがなかったところを見るとワナでもあるまい。

 人は特定されると悪さはしにくくなるからの)


 とコソッと教えてくれた。


 なるほど――ちゃんと考えてるのね。


(敵の敵は味方じゃが用心はせねばの)


 何も考えてなかったオレは少しビビった。


――――馬車に乗り込むと。


 竜宮城へ続く道を護衛の兵士とともに石畳を駆けていく。車窓から見る王都エテルネルは、以前見た喧騒けんそうとはほど遠く閑散かんさんとしていた。


 時折り近衛兵ともめている住人らしき人も見かけるが、近衛兵が強制的に連行している。

 

 “ラの国”から殺されるかも知れないのに、なんで退避しないんだろ? と思っていると


「逃げるアテがないのであろ。どうしようもなくて、怒りの矛先ほこさきを近衛兵にぶつけておるのじゃ」


 辛かろうの――そう呟いて黙り込んだ。


――――竜宮城に着くと。


 タロウさんと乙姫、シズ姫とリタさんが出迎えてくれた。その後ろからワルレー軍卿とカトー大佐も。


 無事を喜ぶタロウさんと乙姫さんたちとは対照的に、苦虫をつぶしたような顔で近づいてくるワルレー軍卿。


「ずいぶん派手に暴れてくれたようだな? おかげでシャルル港は焼け野原だ」


 と憮然ぶぜんとしている。


「準備は整ったのかの?」


 しれっと応えるクロウさん。だがその握りしめた拳は震えていた。


「ああ、嫌味はここまでにしてやる。第二段階次のフェーズへ移行だ」

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