第五十七話 九死に一生

「ぬっ、あれだっ。“アの国”の妖術に違いない。撃ち方よーいっ」


 旗艦の片面、二十を超える銃器が、一斉に夜空に浮かぶ奇妙なたこ照準しょうじゅんを合わせた。


――――一斉に向けられた殺気に。


「やばいって! クロウさん、逃げようっ」

「ぬ? 慌てるな。矢はこの距離では当たらぬ」

「矢じゃないッ、来るのは……」


 と、もたついている間に。

 パパンッ、と足下から爆竹が破裂するような音がした。


 ピュンピュンッ、と風切り音が聞こえ、プスプスと翼や気球に穴が開く。


「な、なんじゃ?! これは?!」

「銃だよっ、矢の何倍も強力なやつッ」

「早よぅ言わんかっ」

「だから言ったじゃねぇかよっ」


「ぬ?! そんな場合ではないっ、波動、風雲」


 波動を練り上げて風船凧を風に乗せた。

 ピュンッ、ピンッ、あちこち火花が散り、焦げ臭い匂いとともにあちこち穴が空いていく。


「ぬぅ、波動……雲蒸うんじょうと、点火っ、熱波ぁ」


 翼の下へ気流を流し込み急速に上昇しながら、ランドセルから炎を吹き出し、あちこち穴の空いた気球に熱風を送り込む。


 その間にもピュン、ピュン、と風切り音は続き見る見る翼に穴を開けて、あちこち裂け始めた。


「まずいよっ、クロウさん」

「わかっておるっ、だからやってるであろうがっ」

「ひぃぃぃぃぃ――っ」

「南無三っ 波動、風雲ふううん――んっ」


 突風が吹き荒れ、もみくちゃにされながらサーチライトの光の帯から逃れると、あれほど正確だった射撃がそれていく。


「このまま脱出じゃ」

「それでお願い」

「うむっ、波動――風雲」


 ブワァと突風が押し寄せて、飛ぶというより吹き飛ばされていく。


「うわぁぁぁぁ」←オレ

「ぬぁぁぁぁ――っ」←クロウさん


――そんなこんなで。

 ひとまず銃撃からは逃れることができた。

 

 破れた翼に気流を当てながら少しずつ姿勢を戻していく。本来ならこれ凄いことなんだけど。

 クロウさんはグルグル不規則に回ってるところを、一定方向から気流を流し込んで回転を止め、姿勢を安定させた。


「ふぅ……ひとまずは切り抜けたかの」


 艦隊のサーチライトが遠くに見える。

 二キロくらいは離れているんじゃないだろうか? 昼間ならともかく、夜間にこの距離を狙撃するのは難しいだろう。


 翼からバサバサいう音が聞こえて目を凝らすと、あちこち破れて穴が空いていた。

 危なかった……。

 本当に危なかったぁぁぁ――っ


 いくつものラッキーが味方してくれなくては、今ごろ蜂の巣だっただろう。

 ゾッとした。

 ゾッとしてたんだけど。


 どんどん高度が下がっていくんですけど?


 クロウさん! 落ちてるんですけど?!


「ぬぅ、波動、夜眼やがん


 暗闇が夕暮れほどの明るさに見えるようになって、初めて自分がどこにいるかわかった。


「おおっ、神仏の導きじゃ! 下は陸地……森の上ぞ」

「そりゃラッキー! って落ちたら地面だよね?」

「それはそうであろ?」


「落ちたら死ぬよね?」

「それはそう……だの」


「死ぬぅ」←オレ

「死ぬぅぅ」←クロウさん

「うわぁぁぁ――っ」←オレ


 見る見る森が近づいてくる。

 バキバキッ、メリッ、バキッ、といろんな音と枝やら何やらがあちこちに当たってやっと止まった。


「た……助かった、ようじゃの」


 気がつくと気球とランドセルをつなぐ縄が、木の枝に引っかかってぶら下がっていた。


「「し、死ぬかと思った……」」


 は、ははは……っと笑いがこぼれてくる。


 それは九死に一生を得た安堵からなのか、幸運に歓喜したからなのか。なぜか大笑いしていた。


――――してたんだが。


 ドォォォンッ、ドォォォンッという砲撃音が雷鳴のように闇夜を切り裂いた。

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