第五十六話 奇妙なタコとの遭遇(“ラの国”サイド)

「それぃ!」


 投げ下ろしたそれが旗艦を美しい火花で染めた。


――――少し時間を巻き戻す。

 夜襲の警報が鳴り響いたころ。

 

 ここから“ラの国”目線です。


 鳴り響く警報に怯えてあわてふためく侍女を、ニジャール皇女がしかりつけながら、着替えを済ませ艦橋へ入ってきたころには、ギリス・カーン提督や副艦長、砲兵長が各部署から入ってくる報告を集めながら、戦況を分析していた。


「夜襲か?」


 ニジャール皇女がゆっくりと貴賓席に腰を下ろすと、提督がうやうやしく腰をおりながら「面目ございません。賊の接近を許しました」と言葉少なに詫びを入れる。


「ニジャール閣下におかれましては――「よい」」

 ニジャール皇女が手で、ギリス提督の繰り出そうとしている長い長い宮廷言葉をさえぎると、


「ここは戦場である、簡潔にのべよ。無用な宮廷流儀さぐりあいを禁ずる。私も王族であるが同時に軍の帥将すいしょうである、これより軍の流儀を第一とする」


 よいな? 命ずると

「被害は?」

 と細いおとがいを突き出して見せた。


「軽微です。どうやら第二艦へ俸禄玉ほうろくだまなる花火を投げ込まれた模様。甲板のいくつかが焦げた程度で、すでに消火も終わっております」


 と誇らしげに胸を張る。


「他には?」


「水兵が五名ほど火傷を負いましたが、命に別状はないとのこと。艦隊の運営上、支障が出ることはないでしょう」

 と言葉をそえる。


「敵の所在と規模はどれくらいじゃ?」


「小舟が五、六そうと。そこから俸禄玉ほうろくだまを投げ込んできたようです」

 副官が続けると、ギリス提督は口を開きかけてやめた。

 

 海面から甲板まで軽く七、八メートルはある。そこへ投げ込むとなると、かなり小舟は接近しなくてはならない。

 果たして俸禄玉ほうろくだまは小舟から投げ入れられたのだろうか? 

 

 “アの国”の連中は波動なる妖術を使うという。

 もしやその妖術を使ったのかも知れぬ、そう思ったが口にするのをやめた。


 この逡巡しゅんじゅんがクロウが空から接近するすきを稼いでくれた。


「なんだ小舟か。早々に沈めて決着せよ」

 見る見る不機嫌な顔になっていくニジャール皇女が、小舟ごときで騒ぐな――と、口にしそうになった時。

 

 ドォォォン、と艦橋が揺れた。

 艦橋のガラスが弾け飛び、照明が落ちて真っ暗になるとすぐに非常灯に切り替わる。


「ぐぉっ」

 窓際に一番近いところにいた砲兵長だろうか?

 うめき声をあげている。


「敵襲っ、サーチで水面を照らせっ。反撃よーい、各部署の副官は被害を報告させよ」

 とギリス・カーン提督が発すると副官が伝声管に飛びついた。


「なぜだ? 小舟からではなかったのか? 小舟から届く距離ではないぞ」

 

 ギリス・カーン提督は被弾した窓際のあたりに近づくと、海面を照らすサーチライトに目を凝らした。

 そこに小舟らしき姿はない。

 

 恐る恐る海面を見下ろす提督の横に、ニジャール皇女が並びたち双眼鏡を上空へ向けていた。

「上からだ。ヤツらは……乙姫をさらった賊どもは、気球を使っておった。上を照らせ」


――――パン、パン、と投光器に火が灯り。


 たちまちサーチライトの光の帯が夜空をてらしていく。いく筋もの光の帯が交錯し、ある一点でピタリと止まった。


「いたぞっ」


 二、三百メートルは離れているが、巨大なタコが宙に浮いていた。それはたこのようであり、たこのようでもある。


 ギリス提督が目を見開いた。

「ぬっ、あれだっ。“アの国”の妖術に違いない。撃ち方よーいっ」


 旗艦の片面、二十を超える銃器が、一斉に夜空に浮かぶ奇妙なたこ照準しょうじゅんを合わせた。

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