第五十五話 火花

「航路上にカッター(手漕ぎのボート)をおろせ。爆薬を詰めた樽があるはずだ。鉤手かぎてを用いて回収し航路を確保する」


 かくて最新鋭の艦隊の、極めて原始的な海掃除が始まった。


――――艦隊からカッターが降ろされて。


 カッター(手漕ぎのボート)を外洋で使うとなると。

 天候にもよるが、波を越えるだけでもかなりな重労働になる。まして近くに爆薬入りの火薬樽が漂っているかも知れぬとなると尚更だ。


 それでも日頃の鍛錬と“ラの国”の水兵の矜持きょうじで、オールを漕ぐ腕と足が悲鳴をあげるころには、航路上の樽はほぼ回収し終わった。


「誰だよ、こんな物騒なもの二百個も流してたやつらはよ」


 水兵の恨み節が漏れるのも仕方ない。

 

 全身の筋力を総動員してカッターを操り、どんな条件で爆発するかわからない火薬樽を鉤手かぎてでひきよせ曳航えいこうすると言う作業を、日中から空と海が茜色あかねいろに染まるこんな時間まで駆り出されたのだ。

 

 もう、腕は萎え足も立ち上がるのがやっと、という状態だった。


 その日の夜。オールを漕ぐ水音さえ聞こえぬほど、ソロリソロリと近づく小舟があった。

 それでも未知の攻撃にあったことで、警戒を強めていた“ラの国”の監視員はそれを発見した。


「まだ回収していない火薬樽かやくだるか? 投光器で照らせ」


 サーチライトに浮かび上がる不審な小舟。


「どうやら戦艦にこんな小舟で夜襲を仕掛けてきたらしい。馬鹿どもがっ」


 すぐに敵襲のサイレンが響き渡った。

 通常、夜間は燃料の節約のため投錨している。だが警報とともにこの驚異的な艦隊は一斉にエンジンを起動していく。


「敵襲――っ」

「敵襲――――っ」


 昼の作業で悲鳴をあげる体にムチを打ち、足を引きずりながら配置につく水兵たち。


「敵は小舟だ、機銃で追い散らせっ」


 マニュアルでは敵襲から三分以内に配置を完了させ、反撃に転じなければならない。

 まして航空戦力である飛行籠(通称トンボ)は夜間の発着陸は制限されているから、自艦の火器で蹴散らすのが常道。

 

 この世界一の超戦力を誇る“ラの国”で選ばれた海兵たちは、マニュアル通りに三分で火器の準備を済ませ、投光器に浮かび上がる小舟へ照準を合わせるところまでやってのけた。

 

――――あとは発砲の指示をと待機している時に。


 上空から奇妙な凧が艦隊に近づいていた。

 もちろんそれは“アの国”の風船凧。

 

「ぬほほほっ、下(海面)ばかり気にとられおって。狙い通りじゃわい」


 カンラカンラと笑うのはもちろんクロウさん。


「目にもの言わせてやるわ」


 鞍の前にかけてた荷袋から丸い俸禄玉ほうろくだまを取り出す。

 そこから伸びる導線に

 

「波動、着火」


 と指先にを近づけると、チリチリと火花を放ち始めた。


「そぉれっ」


 真下に見える戦艦の甲板めがけて投げ下ろす。


「もう一つじゃ」


 ドォォォンッと花火が咲いたように、甲板に火の手が上がって右往左往と走り回る人影。


「ふぉぉーーっ。なんとも愉快じゃの」


 次から次へと着火しては投げ下ろし、次を手に取りかけて止めた。俸禄玉ほうろくだまが破裂する光に浮かび上がるひときわ巨大な戦艦。


「ぬぅ、あの馬鹿でかい船が大将首とみた」


 俸禄玉ほうろくだまを元に戻すと、


「波動、風雲」

 と気流を操り始める。

 操った風を翼に流しこむと滑るように移動しはじめた。

 海上を警戒しサーチライトが海面を照らす中、一際大きい旗艦の上空までたどり着くと


「それぃ!」


 投げ下ろしたそれが旗艦を美しい花火で染めた。

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