第五十四話 最新鋭の艦隊が実に原始的な海掃除を始める

 その甲板にある回転式の砲台がキリキリと陸地にめがけて回頭し、四十口径の大砲がドォォォンッと黒煙とともにオレンジ色の火柱を放つと、埠頭ふとう付近に築かれている砲台からはるか後ろの商館が壁を粉々にして火の手を上げた。


 艦橋からその着弾を照準器を覗き込んでいた砲兵長が、伝声管のふたを押し上げると

「北北西に十五度、仰角、三度下げっ」

 と指示を出す。


 回転砲台がふたたび回頭し、方位と仰角を調整していく。艦の揺れにタイミングを計っていた砲兵長が号令を放った。


「撃てっ」


 ドォォォンッと黒煙とともにオレンジ色の火柱が上がると、先ほどより砲台の右手に着弾した。今度は距離は合っている。


「仰角そのまま、北北西十度に調整っ」


 微妙に砲台が回頭を終えると「撃てっ」と発した。

 ドォォォンッ、ドォォォンッと砲音が連なる。旗艦に続いて、第二、第三艦からも黒煙とともに次々とオレンジ色の火柱が上がり、海面の波を放射状に押しやった。


「打ち方やめぇ――っ」


 伝声管に口寄寄せて怒鳴ると、照準器を覗き込む。


「やったか?」


 彼の呟きにニジャール皇女は立ち上がり「かせっ」とギリス提督から双眼鏡を取り上げた。

 ♾️の形に切り取られた光景は、爆炎が風に流されてその様子があらわになってくる。


 砲弾の重さは十キロに満たないとはいえ、音速の二倍のスピードで鉄塊が雨のように飛び込んでくるのだ。まともに耐えられる構造物などない。


「ふっ……たわいもない」


 彼女が嘲笑とともに、手にした双眼鏡を提督に押し付けた。

 

 同じくじっくりと埠頭の光景を覗き込んでいたギリス・カーン提督も

「ははっ、まさしくその通りですな」

 と媚びた笑いが浮かべる。


「まったく――提督の名を名乗り続けたいのならば、私をわずらわせるな」

 

 と、ニジャールは腰をおろしながら長息した。


「まったく面目もなく。仰せの通り務めますゆえに……」

 ギリス・カーン提督の言葉が終わらないうちにドォォォンッ、と爆音が響き艦橋のガラスがビリビリと震えた。


「何事か?!」


 見ると旗艦を先導するように進んでいた第二艦が、船首から火を吹いている。


「馬鹿な……」


 またも襲ってきた未知の攻撃にギリス提督は息を飲む。

 さすがに先ほどのような醜態をさらすことはなく、


「第三艦は第二艦の救援にむかえ。救援したものから情報を収集する。旗艦は一海里かいり(1.85キロ)後退」


 と陸地から距離を取る選択をしたようだ。

 ニジャール皇女も貴賓席から腰を浮かししながらギリス提督に目を向ける。

 

「ギリス提督、敵地を前に背を向けるなど……いや、余計なことを言った。任せる」


 その言葉に信を感じて、わずかに満足げな顔をすると


「被害の報告と爆発の証言を集めよ、これは我らの知らぬ未知の攻撃だ」

 と結論づけた。


――――その証言を聞くうちに。


「どうやら爆薬を詰めたたるのようなものをばら撒いているようですな」


 ギリス・カーン提督は機雷の存在を言い当てていた。


「未知の攻撃と? さてこちらはどうする? ギリス提督」


 ニジャール皇女が試すように笑う。

 

「電撃的におとす、と言ったはずだ。引くことは許さん、策を考えよ」

 

 最後には笑いを消した冷たい眼差しを注ぐと、提督は「承知」と丁寧に敬礼し動き始めた。

 

「航路上にカッター(手漕ぎのボート)を出せ。爆薬を詰めたたるがあるはずだ。カギ手を用いて回収し、航路を確保せよ」


 かくて最新鋭の艦隊の、大規模で極めて原始的な海掃除が始まった。

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