第五十三話 なにが起こっている?

ドォォォンッと爆音とともに空気が震えた。


「何ごとっ?!」


「先行していた巡洋艦に爆発が発生したもよう。艦首から火を吹いていますッ」


「艦首が、ば、爆発だと?!」


 ついに決戦の火蓋が切って落とされた。


 この世界に機雷はない。

 “ラの国”だけが古代文明を紐解ひもとくことができ、科学技術を発達させた。

 ほかの国は“アの国”と似たり寄ったりの蒸気船すらない状態で、逆にいえばバルチック艦隊クラスの大艦隊を保有している“ラの国”の方がおかしい。


 だから砲撃自体、敵を萎縮いしゅくさせたのち接舷せつげんし乗り込んで制圧するためのものだった。

 船も大事なお宝というわけだ。

 船を破壊するという概念がない以上、機雷を発想する素地がなく、ゆえに存在しなかった。

 

 その上“ラの国”をのぞくほかの国々の大砲は、もともとが城攻めのための兵器だから砲弾が重く射程も短い。

 だから陸地から放たれる砲弾など届くはずもなく、それゆえ現代では常識の隔壁もなければ装甲も薄かった。


「ば、馬鹿な?! まだ奴らの射程の外だぞ」

 狼狽うろたえるギリス・カーン提督。

 彼がそうなってしまったのも無理はない。砲撃は想定していなかったし、もし当たればどうなるかがよくわかっていたからだ。

 

 身分からいえば、大艦隊を指揮するものは提督と呼ばれる。これまで数々の海戦を制しその立場まで登り詰めた、その歴戦の提督が未知の攻撃に狼狽うろたえている。


 ニジャールが

「ギリス・カーン提督、たかだか燃えたくらいで騒ぐな。救援するなり、反撃するなり指示を出せ」

 と、呆れ顔でいさめたその瞬間。


 またしてもドォォォンッという爆発音とともに、ビリビリと艦橋のガラスを揺らす空振。

 見ると先ほどの巡視艦とは別の艦艇が火を吹いている。


「敵襲――ッ、汽笛てきならせ」

「敵襲ッ、汽笛てきならせっ」


 ブォォォ――と敵襲を知らせる汽笛が響き渡った。


「な、なにが起こっている?」


 さすがにニジャールも慌てた。


「かせっ」


 と提督から双眼鏡を奪い取ると、先ほどの巡視艦とは別の艦艇が今度は左舷から火を吹いている。

 どうやら未知の攻撃を受けているらしい――と、判断した彼女はギリス提督を叱咤した。


「何をしておる?! 先制攻撃をうけたのだぞ、敵の砲台を叩き潰せ。救援を差し向ける艦と砲撃をする艦をわけぬか! キサマが狼狽えているスキに皇帝陛下の軍が攻撃されておるのだぞ」


 我に帰ったような表情でニジャール皇女を見返すと、大きく息を吸い込み敬礼する。やっとこの男の海軍魂に火が灯ったようだ。


「承知いたしました。旗艦、二戦艦、第三戦艦は砲撃用意っ、第四、五、六巡視艦は救援にむかえ。通信兵は至急伝達を。汽笛てき鳴らせぇ――っ」


 ブォォォ――、ブォォォ――ッと汽笛が響き渡る。

 それはまるで巨大な魔物が咆哮しているようで。慌てふためき走り回る海兵たちの正気を取り戻させた。


 旗艦からカンテラを振り回し送られてくる砲撃指令が各艦に伝達されると、二百メートル級の巨大戦艦が波を蹴立てて、艦隊の先頭へと進んでいく。


 旗艦と第一、第二戦艦が横一列に並んだ。

 その甲板にある回転式の砲台が、陸地にめがけてギリギリと回頭し四十口径の大砲が仰角を上げていく。


「砲撃よーい」


 ギリス提督から放たれた指令は第二、第三艦に伝達されて、


「撃てっ」

 

 ドォォォンッと黒煙とともにオレンジ色の火柱が放たれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る