第五十二話 そして火蓋は切られた

「末恐ろしい小僧だ。勝利がなった暁には、取り立ててやるゆえ結果を出して見せろ」

 そう言ってこちらへ背を向けた。


――――そして“ラの国”が。

 海と空をおおうようにやってきた。

 

 海の上には全長二百六十九メートルを超す旗艦と二百メートル級戦艦が二隻、それを護衛するかのように巡洋艦六隻、その後ろには空母が一隻、揚陸艦ようりくかんが二隻、白波を蹴立てながら海原を進んでいく。


「いやはやさすがニジャール・ラ・フンデル閣下ですな。このような大艦隊は、閣下でなければ動かせなかったでしょう」

 

 そばにはべる五十路いそじを越えて、やや小太りなギリス・カーン提督が艦橋から見渡せる大軍容に、満足げに声をかけてくる。


 手にした双眼鏡をしばらく見入っていた彼は、それを目から離すとニジャールへ振り返った。


「しかし“アの国”ごときに、かような大艦隊を編成する必要はありましたかな?」


 かれの脳裏のうりには報告に上られていた“アの国”の軍容が浮かんでいた。


「アレならば巡洋艦と揚陸艦の一隻でも足りましたでしょう?」

 

 全くそのとおりだった。

“アの国”には艦隊と呼べるほどのものはない。敵の軍容に対して費用が莫大ばくだいなものとなる。


「油断するな。“アの国”には大妖ハデスがいる。アレは古代文明の生き残りだ。圧倒的な兵力で電撃的に制圧せねば何が起こるかわからん」


 同じく双眼鏡をのぞきこんだまま、ニジャールは厳しい面持ちで艦隊の様子を見ていた。


「なにしろ……」

 双眼鏡を覗き込んだままその美しい口角を上げる。


「なにしろ“アの国”を征服したあかつきには、皇帝の正式な後継となる内示がいただけたからな。万が一があってはならぬ」


 双眼鏡から目を離すと、その美しくも鋭い眼差しで提督を見返した。


「ゆえに作戦名『雷神』だ。向こうが大妖ならば、神のごとき力でねじ伏せてやる」


 そう言うと艦長席の後ろへしつらえてある豪華な貴賓席へ、どっかと腰を下ろした。


――――やがて陸地が遠望できるようになった頃。

 索敵のために飛ばしていた飛行籠トンボから連絡が入ってきた。


「敵は海岸線に砲台を築き、こちらを陸地から迎撃するつもりのようですな。揚陸に合わせて、いくつか防御砲台トーチカも構築しているようです」


 艦橋に据えられた卓の上に広げられた地図に、次々と“アの国”の陣営が書き込まれていく。

 ここは王都エテルネルまで十キロ南にある商港だ。


 喫水きっすいも深く埠頭ふとうには戦艦であっても寄港きこうできる。その上、王都までの道も整備されていて、当初の目論見もくろみ通り電撃的な進軍も可能だ。


「降伏の勧告の使者を出しますか?」


「いや通告文でかまわぬであろう。港湾街と王都にビラを撒いておけ。

 我ら“アの国解放軍”が不遇な国民を解放してやるワケだからな。明日の早朝より解放戦が始まるゆえ、巻き込まれぬよう避難せよ――とな」


 指先でほおづえをついきながら考えを巡らせる。


「ただし警戒を怠るな。ギリス・カーン提督、このあとの作戦は?」


「承知。まずは艦砲射撃にて砲台とトーチカを彼奴らの射程外から徹底的に叩きます――」


 と語り始めた時だ。


 ドォォォンッと爆音とともに空気が震えた。


「何ごとっ?!」


「先行していた巡洋艦に爆発が発生したもよう。艦首から火を吹いていますッ」


「艦首が、ば、爆発だと?!」


 ついに決戦の火蓋が切って落とされた。

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