第五十話 崩れ去るワルレー軍卿の野望

「本物ならばよし。罠と想定して十分な配置を致します」

 と片眉を少し上げると、カトー大佐は丁寧な礼をした。


――――その翌朝。


 昨日までの雨は嘘のように晴れ渡り、竜宮城からは白い狼煙のろしが上がった。

 三日後、竜宮城に再び「了承した。場所は――云々うんぬん」と記された矢文が打ち込まれる。双方の思惑が一致し、対“ラの国”への共闘が動き始めた。


――――一週間が過ぎ。

 

 会談の場所は洋上に浮かぶ外洋船の中。

 双方が己たちの主を守るため帯同する人員をめぐる小競り合いはあったものの、ワルレー軍卿側が折れて会談が実現した。


「まさか海の上での再会とは思いませんでしたよ。オトワニ陛下」

 皮肉な笑いを浮かべワルレー軍卿は形ばかりの礼を取った。帯同するのはカトー大佐を含む四名の近衛兵だ。


「私もですよ、ワルレー軍卿。“アの国”の存亡がかかってなければ、あなたの顔など見たくなかった」

 乙姫がわは、タロウさんを始めクロウ、七郎、ショーミさんの同じく四名だ。


「私は再会できて光栄のかぎり――国を見捨てて逃げ出された貴女に、愛国心のカケラが残っていてよかったとつくづく思っております」

 

 チクリと刺す嫌味に、乙姫は表情を消すと

「時間の無駄です。さっさと詳細を詰めましょう」

 そう言って用意された会議室へ向かった。


――――その会議室で。


「馬鹿なっ、そんなことが信用できるかッ」

 

 ワルレー軍卿の悲鳴に似た怒号が上がった。

 王家の秘伝――。

 大妖ハデスの復活が封じるしか制御できないことを聞いて、ワルレー軍卿はおのれの目算がガラガラと音を立てて崩れ去ったのを悟った。


「なぜです? あなたの期待どおりではなかったから? 私はたびたび言っていたはずです」

 乙姫の冷ややかな視線が取り乱すワルレー軍卿を見下ろしている。

 大妖ハデスの復刻された設計図を乙姫から見せられ、それぞれに説明されるとさすがにウソとは思えなくなっていた。


「それでは(世界制覇など)無理ではないか……何のために太古の文明人たちは大妖ハデスなどを作ったのだ……?」


 タロウさんが肩をすくめ

「自他ともに滅びるとわかっていたら、手を出すのもはばかるであろ? もっとも手を出して太古の文明とやらは、滅んでしまったのかもしれんが、の」

 わからんが――と片眉を上げて、ワルレー軍卿に小首をかしげて見せる。

 


「さてそれをどう使うか、じゃが、ここから主たち国軍の力がいる。リタ殿、地図をもって来てたもれ」

 

 クロウさんのふとした仕草から、何かを感じ取りいぶかしげにみるカトー大佐。


「波動が二つ……?」


 とこちらを探るような波動を発揮し始めている。

 

「そう疑られてはやりにくいのぅ、カトー大佐。“アの国”の存亡の危機ぞ? 仲間になってたもれ」

 と無邪気な笑顔を向けると、黙ってオレたち全員が視野に入る位置まで移動し、壁に背をあずけた。


「さて、その段取りはこうじゃ。意見があるなら教えてたも」

 と、リタさんがもって来た地図にコマを置き始めた。そのコマの位置を見てカトー大佐が眉をひそめた。


「これでは攻撃できんぞ」

 ギュゥッと細められた目に殺気が宿っていく。

「やはり我らをハメようとしておるのか?」

 と言いながら左手にバチバチと波動を集め始めた。


「まともにやってもかなわぬであろ? ならば攻撃する必要はない――ではないかの?」


 攻撃しなくちゃ迎撃にならんだろ……そんな一同のツッコミたい空気に反して、カトー大佐だけは静かにこちらをねめつけた。


「罠を張る……のか?」

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