第四十九話 共闘のお誘い

「こちら破滅するか封じるか、それしか大妖ハデスは制御できない」

 乙姫は告げる。


「ならば、全て解決できるわい」

 となぜかクロウさんは笑った。


――――場面は変わる。

“アの国”の王都、エテルネルは六月をむかえて、恵の雨の季節に入っていた。


 竜宮城にあるワルレー軍卿の執務室にて。

 ワルレー軍卿の白い顔は目の下にくまが浮き出て、会議机にいならぶ将軍たちにキリのような鋭い目線を向けていた。

「はやひと月だぞ? まだオトワニどもの足取りはつかめんのか?」


 苛立ちを隠せずに、恫喝どうかつするような低い声になってしまうのは仕方ない。

 その前に置かれた二片ふたつの白い紙に血走った目が注がれている。


 左側に置かれた『“ラの国”皇帝 ダライ・ラ・フンデル』

 と署名入りのその紙片は、『“アの国”の政変を苦慮し、在住する“ラの国”の国民、および“ラの国”を支持する同国の国民を保護するため、ワルレー軍卿率いる国賊軍に宣戦を布告するものとした――云々うんぬん

 と書かれている。


 まやかしもいいところだ。

 侵略する――と宣告してきたのだから、ワルレー軍卿の心持ちがまともであるはずがない。

 おまけに大義名分として書かれていたのが自分の名前であるから、敗戦後は間違いなく生首にされてさらされるのは確定している。


 頼りにしていた大妖ハデスを使役し、“ラの国”に当てる策も先日の『オトワニ女王誘拐事件』で暗礁あんしょうに乗り上げた。

 かと言って、強大な“ラの国”をはねのけるほどの軍事力はない。


 誰もがこの場面は想像し、ワルレー軍卿の妄想に付き合う危険はわかってはいたが、そのワルレー軍卿の鮮やかにせるきらびびやかな未来に惑わされていた。

 正常性バイアスが働いてしまったのも、ワルレー軍卿の功績と絶対的な権力があれば仕方ないことなのだろう。


「お怒りはごもっとも。しかし、この矢文はいかがあつかうおつもりで?」


 硬直した会議の雰囲気をなごまそうとしているのか、全く気にしていないのかわからないカトー大佐が、もう片方の紙片をトントンと指でたたく。

 ここ二週間、毎日のように王宮へ打ち込まれる矢文にくくりつけてある文面だ。

 

 そこには『“アの国”女王オトワニ・ア・エアシャルルマーニ』と署名がある。


 その内容は『王族の秘伝をもって国難を救いたい。ついては極秘の会談を以下の日にて。帯同する人員は何某なにがし。返答は白い狼煙を3日あげよ』とある。


「コレを信じろ、と言うか?」

 ワルレー軍卿がカトー大佐をねめつける。

 罠に決まっている。こちらが窮地に陥っているのを見透かしたようなタイミングだ。


「かような胡散臭うさんくさい矢文に惑わされている暇があるのなら、ちょっとは捜索の成果をあげたらどうだ? 当の本人に、この矢文の趣旨を尋ねれば済むことであろう?」

 と、切って捨てる。


「こちらも罠をはれば良いのでは? まやかしならば、見せしめに皆殺しにしましょう。これほど足がつかないところを見ると、外洋に逃げられた様子。今のところ手掛かりはコレしかないかと」


 カトー大佐の言葉に一同が沈黙する。

 兵部の屋根をたたく雨の音が、その場を支配した。


「可能性……これが本物である、という可能性はどれくらいあると見る?」


 ワルレー軍卿の問いかけにカトー大佐は首をすくめた。


「本物ならばよし。罠と想定して十分な配置を致します」

 と片眉を少し上げると、丁寧な礼をした。


――――その翌朝。


 昨日までの雨は嘘のように晴れ渡り、竜宮城からは白い狼煙が上がった。

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