第四十六話 愛じゃろ?

 十五の少女が背負うにはあまりにリアルな現実。


「ちと乙姫と話さねばならぬの。こういう時は大人に任せれば良いぞえ、シズ姫」


 それも知恵であるからの、とクロウさんは優しく微笑んだ。


 クロウさん、あんたは何歳なんだ?



――――その翌朝。


 七郎さんを連れて乙姫――オトワニ女王を訪ねた。


「乙姫さま、実は……ということがあっての」

 と昨日のくだりを話す。


「余計なことじゃが、このままで良いのか? 思っての」


「そのことは私も胸を痛めておりました。ただ今となっては、私ができることは……」

 と額に手を当て、眉根まゆねをよせる。


「できることはある。じゃが、その前に大妖ハデスのことを知りたい。全てのことの起こりはアレじゃからの」

 うんうん、と人差し指をピンと立てる。


「いかにして封じることができるのか? が全ての鍵じゃ。復活するんであろ? なら封じ方がわかっておれば解決できる」


「王家の秘法なのですが……」

 しばらく逡巡していた乙姫は、意を決したようにこちらを見据えた。


「知ってしまった以上は後戻りできなくなりますが、よろしいのですか?」

 と固く口元を引き締めた。


 オレたちの契約は、乙姫とシズ姫の奪還までだ。

 それ以上となると国と国の争いに首を突っ込むことになる。それでも良いのか? と乙姫は覚悟を聞いている。


「助けて……と言われての」

 とクロウさんは胸を張ってにっこりと笑う。


こたえてやらねば、男がすたるってもんだわい」

 フンスッと胸をそっくり返した。


「「まぁ」」

 乙姫とリタさんが声をそろえて笑った。


――――さて、大妖ハデス。


「大妖ハデスは我らの文明が産まれる以前の文明により産みだされたバケモノ

 と胸の谷間から取り出した細長い水晶を掲げた。

 その水晶が浮かび上がらせた映像は、シャルルマーニ家の始祖エマの記した複雑な紋様で彩られていた。


「これは……?」


「始祖が太古の文明を研究し、復元した大妖ハデスの設計図です。その核は“負の外魂の玉”でできています」


「つまり、人の業を集めたと言うところかの?」

 ふーん。マイナスの感情がエネルギーってワケね。


「その負の感情――嫉み、憎しみ、怒り、不安、絶望……はもっとも強い“気”を発します。

“気”は“揺らぎ”を産み、波動を生じさせることができます。その波動で大妖ハデスは動くのです。

 それだけに強力、一度復活してしまえば“負の魂”をくらい続け増殖します」


「恐ろしい……」

 と七郎さんが息を呑む。


「ハデスは波動で闇を生み、憎しみで覆い尽くし光を阻む。呑まれた者は互いに殺し合い、滅びる」


「そんなに恐ろしいものを、始祖さまはどうやって封じたのじゃ?」

 ムーと眉間に皺を寄せるクロウさん。


「“負の感情”の逆“正の感情”を注ぎ込んだ“外魂の玉”をぶつけ中和したところを封じたのです」


「“正の感情”とな?」


「それは、夢、希望、、勇気、そしてもっとも人が待ち合わせ、代々育んできたもの――」


 それは――と言いかけたとき、クロウさんが膝を打った。


「それは愛じゃろ?」


 それを聞いた乙姫はにっこりと微笑んだ。

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