第四十五話 あの夢のあと

「ポール、ポール・メリカルっ。見事であった――」 

 と、乙姫はまさに女王然として宣言した。


――――その日の夜。

 乙姫さまがみんなを集めて

「皆さん、これまで大儀たいぎでした。多大な犠牲を払いながらも、我ら親子を救出してくれたことを感謝します」と軽く黙礼する。


「三日後にはいよいよ亡命のため出航します。

 ポールをいたんでしばらく喪に伏そうとも思っていましたが……」

 すこし憂いを漂わせるが、すぐに顔を上げ

「ここまで尽くしてくれた皆に、うたげもよおしてねぎらうことにしました」と、穏やかに微笑みながら告げた。


「私に思うところもあるでしょう。

 今後の身の振り方を考えるところもあるでしょう。今宵のささやかなうたげの席は『お構いなし』です。なんなりと言ってください」


 それでは――と、リツに目をやるとさまざまなな料理が運ばれてきた。


――――


 少し酔いが回ったようだ。

 未成年飲酒? いいの、クロウさんは成人してるわけだし。十五才だけど、平安末期はそれで良かったのだ――と意味不明な言いわけを考えながら、席を外した。


 昼と見紛みまごうばかりの月明かりと満天の星空。

 そよそよと吹き寄せる風が草原の香りを運んできて心地よい。


 ここ最近の緊張をほぐすように大きく伸びをすると、東屋あずまやから物悲しいメロディが聞こえてきて振り返る。

 シズ姫が二胡にこを奏でているようだ。


「君が胸に……かれて 聞くは――」


 しばらくその歌声に聞き入っていると、不意にその歌声が止んだ。

 不審に思ったオレは東屋あずまやへゆっくりと歩み寄り彼女の名を呼ぶ。


「シズ……どうした?」


 呼びかけられた少女が、ああ……と切げな声を上げた。

 

 ゆっくりと動き始める唇からこぼれ落ちる鈴を転がすような声が、全ての音を消した。


「助けて……」


 あれ……? これって……?


「“アの国”はどうなりましょう? リツに“ラの国”が侵略してくると聞きましたゆえに……」

 と苦しげに黙り込む。


「戦いに勝てればそれで終わり。負ければ“ラの国”から入植者が、我が物顔で“アの国だったもの”を搾取さくしゅしていくだろうの……」

 こういう事に疎いオレが黙り込む前に、クロウさんが答えてくれる。

 

 わからないのです……とシズ姫は両掌りょうてのひらを胸の前であわせ、目を潤ませている。


「このまま逃げて良いのだろうか、と。王族なのに逃げてポールさまと同じように、たくさんの犠牲者が出るのではないかと思うと」

 胸が押しつぶされそうになって……と黙り込む。


「だから助けて欲しいのかの」


 コクンと頷く彼女をしばらく見つめていたクロウさん。


「ずいぶん身勝手じゃの」


 と告げるクロウさんの目は、セリフとは真逆の優しげで、それに勇気をもらったのかシズ姫は告げる。


「はい……だから苦しいのです」


「王族としての務めを放り出して逃げるのが、我が身が安全となった途端、自責の念にかられるか?」


「ですがポールさまは亡命先で勢力を取り戻し、ワルレーを退けて“ラの国”を撃退するつもりであった……とも聞いたのです」


 十五の少女が背負うにはあまりにリアルな現実。

 今になって初めて王族の務めとは何か、を思い至ったようだ。


「何のためにポール殿は死んだか? と思えば板挟みじゃ、苦しくもなろうの」

 と考え込むクロウさん。

 

「ちと乙姫と話さねばならぬの。深刻に考えずともこういう時は大人に任せれば良いぞえ、シズ姫」


 それも知恵であるからの、とクロウさんは優しく微笑んだ。

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