第四十四話 ポール・メリカルの最期

 今だけ、この瞬間だけです、お母様……。


「ほんとうに、綺麗きれい……」

 そう言ってポフッと背をあずけた。


――――そんなシズ姫の想いとは真逆逆サイドの。

 ワルレー軍卿からすれば最悪な事態だった。


「シズ姫に逃げられた? オトワニ(乙姫)もか? 賊はどうした? なっ? 逃げられた、だと?!」

 

 ニジャール第三皇女を王宮へ避難させ、陣頭指揮をとるために執務室へ戻ったとたんにこの知らせだ。


「間抜けな報告をする間があるなら、草の根を分けてでも探し出し、逃亡先を吐かせろっ」


 少しばかり言葉がキツくなろうとも、二人を取り戻すのは絶対条件だ。


「わかったか?!」


「「承知」」


「カトーはどうした?」


「逃亡に使われた抜け道を発見し、オトワニ様を追跡しております。我らには報告を上げ、シズ姫とともに消えた空からのぞくを追えと」


「くそっ」とワルレー軍卿は吐き捨て、

「オトワニとシズ姫以外は殺してヨシっ、はきちがえるな。ぞくは殺せ、生かすのは二人だけだ」


 そう言いながら、ニジャール第三皇女からの呼び出しに、苦虫を噛みつぶしたような渋面しかめっつらをつくった。


――――抜け穴を抜けたあと。

 

 乙姫とタロウさんたちは無事、川を下り外洋船にたどり着いたんだそうだ。

 クロウさんとシズ姫は、事前に打ち合わせていた抜け道の出口あたりに着陸し、七郎さんとも合流をはたした。


 そこから三日ほど東へ東へと進み、“アの国”の最東端にある離れ小島に逃げ込んだ。


 今の日本で言うなら小笠原諸島?

 ここには小さな漁村と、乙姫派の根城ねじろ、王家のびょうが国境代わりに置かれてある。

 

 そのびょうまで一年近くかかって、ポールさんたちが少しずつ王家の財宝を運び入れていて、それを使って補給を済まし、ひと月以上かかる航海に出発する計画だったらしい。


「ポールはいかがした?」


 乙姫は姿の見えないポールさんを心配していたが、あとから合流したリタさんと内通者のみなさまから、その消息がもたらされた。


「ポールさまは、廟の抜け道でワルレーの近衛隊を食い止め――果てたとのこと」


「妾を逃すために……時間を作ってくれた、と申すか」

 ポロポロと落涙し、悲嘆にくれる乙姫をタロウさんが慰めている。

 沈鬱ちんうつな空気が漂うなか、クロウさんと七郎さんだけは違った。


「おう、主君の窮地きゅうちを救ったか? あっぱれ、あっぱれだの? 七郎っ」


「まことにございますぞ! ポール殿は武士のかがみ、その名を後世までとどろかすことでありましょう」


 うむうむ、と感心する七郎さん。


「し、死んで終えば何になりましょう?」

 そう言って泣きじゃくる乙姫と、その肩を抱きしめて慰めるタロウさん。


 シズ姫もポールさんをいたんで、袖で顔を隠して肩を振るわせている。リタさんはそっとシズ姫の肩を抱いて、天井を見上げていた。


 ンーと、その様子を見ていたクロウさんが口を開く。

「乙姫さま、あなたはオトワニ女王でございますな?」


 何をいまさら――と言った空気なのに重ねてクロウさん。

「乙姫様、違いもうしたか?」

 と、とぼけた顔だ。


 ひつこい念押しに、乙姫はキッとにらみすえた。

「家臣の死を――忠臣の死をいたんでおるのです、ひかえなさいっ」


 震える声で、感情を露わにする乙姫。

 だよね……普通そうなる。


「ふむ、残念じゃの。ワシなら見事、あっぱれな最期であった――とめて欲しいがの。

 泣かれてしまえば心配でくにけんわ。あるじの行く末が不安でたまらぬ――と、の」


 ぐっと何かを堪える乙姫さま。


「辛くとも、ここについて来てくれた家臣のためにもめてたもれ――それが一番のはなむけであろ?」


 乙姫はしばらくうつむいていたが、まっすぐ立ち上がり流れる涙を拭い去ると。

 

「ポール、ポール・メリカルっ。見事であった――」 

 と、乙姫はまさに女王然として宣言した。

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