第四十二話 星空への脱出

 なんとかせねば。

 クロウさんはびょうの近くにある御神木ごしんぼくに目をつけた。


 その御神木ごしんぼくに向けて、腰にたずさえているウィンチから紐を引き出すと矢をセットしヒョウと放つ。


 ピンとはられた紐を二、三回引くとしっかり絡んでくれたようだ。

 そのまま波動で風を操りながら、紐をたぐってゆるゆると御神木へ近づいて行く。


 びょうへ目を向けると、先にたどり着いた乙姫と太郎さんの一団がシズ姫の一団を「早く早く」と盛んに手招きしている。

 だが、そこへ向かう怪しい一団。


「ぬぅ、これでも喰らうのじゃ」

 

 と短弓を引き絞りヒョウと放つ。と、不意を突かれて騒ぎになった。

 その騒ぎに乙姫の一団は気づいたようで、乙姫の肩を太郎さんが抱いてびょうの中へ消えていく。

 

「あとはシズ姫じゃ」


 見ると慌てたようで転んでしまっている。

 短弓で援護しよう――と、矢筒を探るが三本しか残っていない。


「くっ、さっき景気良く使いすぎたかの」


 眼下を見ると、ポールさんとカトーが斬り合いながらジリジリとシズ姫へ近づいている。

 カトー・タイゼン。

 あの男だけは近寄らせてはならない。

 けっこう無茶な体勢だから、弓を押し出す左腕に波動を流し込んで固定する。


「ぬぎぃぃ……っ、南無三っ」


 ヒョウと放たれた矢は、真っ直ぐにカトーに向かって飛んでいく。


「ぬ?!」


 っと、それを叩き落とすバケモノカトー大佐

 

 なにそれ? 

 こうなりゃ、残り一本を……そりゃ! あ、ハズレタ……。


 またも飛び退くカトー大佐。

 その隙にポールさんが駆け出した。カトーはあたりを見回すとびょうの方向を指差して何か叫んでる。


 おそらくシズ姫たちが廟を目指しているのを勘付いたらしい。

 見るとさっきの怪しげな一団が包囲を完成させ、びょうの前を封鎖していた。


 万事休ばんじきゅうすか……。


 そう思った時だ。

 クロウさんはウィンチから紐をたぐり出して、ランドセルと提灯を結ぶロープにくくりつけた。ウィンチも袈裟懸けさがけになおして背に手を回し操作を確認する


「波動、風雲――――」


 まさにまさかの風を呼び、風船凧をシズ姫の元へ押し下げていく。高度はドンドン下がって、シズ姫の顔がわかるくらいの距離へ。


「シズ姫ぇぇ――ッ」


 と叫ぶと飛び降りた。

 高度が下がったと言っても、四階だてのビルの屋上くらいはある。


「馬鹿なの?!」←オレ

「シズ姫ぇぇ――」←クロウさん

「死ぬぅぅぅ――ッ」←オレ


「波動っ、風雲ふううん――ッ」←クロウさん

 と叫ぶとブォウと突風が吹いて、シズ姫の元まで吹き飛ばされた。


「クロウさまっ!」

 シズ姫はよほど慌てたのか、落ちてくるオレたちを受け止めようと両手を広げている。

 そのシズ姫を片手でかっさらうと、ウィンチのレバーを思い切り引き下げた。


 ブレーキがかかって、風船凧も引きずられるように高度を落としてくる。


 ギュルルル――ッと巻き上がるウィンチ。


「ゲフッ、波動……雲蒸うんじょうッ」

 クロウさんが波動を地面に叩きつけると、ブワッと上昇気流が湧き上がった。


「しっかとつかまれっ」


 シズ姫がその柔らかな体を押し付けてきた。


 常ならばあり得ないほどの突風がオレたちを押し上げていく。

 ウィンチが手繰り寄せる風船凧にたどり着くと、すぐに波動を流し込む。


「点火っ、波動――熱波」


 ランドセルから垂直の炎が立ち上がり、同時に提灯に熱風が送り込まれていく。

 座面にタンデムで腰かけると手早くベルトを回して、シズ姫と自分を固定した。


 最後に御神木ごしんぼくへ伸びる紐を断ち切ると、風船凧の翼に風を送る。

 翼は風をつかんでグンと満天の星空へ押し上げて行った。

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