第四十話 肝を潰すがいい

「近衛隊長カトー・タイゼンであるっ。所属を名乗れっ」


 外朝から王宮へ続く石畳に、カトーの威喝いかつする声が響き渡った。


 左手でさやを引き出し、サーベルのつかに右手をえる。返答にまごつくようなら即座に斬って捨てるつもりだ。

 問答無用で斬りつけなかったのは、どこかの貴族の騎士であった場合に備えてだ。


「シズ姫を早く」

 と指示を出した男がこちらへ振り向く。


「カトー大佐、久しぶりだな」

 押し殺した声に聞き覚えがある。


「ポールか? シズ姫を渡してもらおう――賊はここぞっ、近衛第二はおるか?!」

 と大音声を張り上げた。


 バタバタと駆け寄る足音に、ポールは背後を振り向くと

殿しんがりは引き受けたっ、シズ姫を頼むぞ」

 と声を張り上げる。


 二人の『守りの達人』が対峙たいじしている。

 一人は女王オトワニの近衛隊長、もう一人はワルレー軍卿の近衛隊長として。


「貴様とは決着をつけてやろう、と思っていた。あの時クーデターの借りを返してやろう」

 と髭面ひげずらわらうポールは、サーベルをゆっくりと引き抜くと、油断なくあたりをうかがう。


「シズ姫を渡せば命は助けてやる――大人しくしろ」

 カトー大佐が左手でさやを引き下げると同時に、右手でサーベルを抜き打った。


「ぬっ?!」

「ヌンッ!」


 暗闇に火花が散り、サーベルが交錯こうさくした。


――――ちょっと時間をさかのぼる。

 まだ襲撃をかける前のクロウたちの様子。


「そろそろかの」


 クロウさんは『問屋 竜の巣』の裏庭に極秘に運ばれ、組み上げられた巨大な提灯ちょうちんを見上げると、その下にぶら下がるランドセルに腕を通した。

 ランドセルの下にある座面からは四方に伸びる翼がついている。


 その座面から伸びるいくつかのベルトをリツさんが手早く体に回し止めていき、ポンと軽く叩いて「ハイ終わり」と微笑んで、頭をかきよせると「ご武運を……」と祈りを捧げた。


「ありがとう、リタ殿。おかげで勇気百倍じゃ」

 とクロウさんがこぼれるように笑うと、「まぁ」と思わずその頬に手を添えるリタさん。


「さて、行くかの」

 とランドセルから肩越しに伸びる鉤状かぎじょうのレバーを握ると「点火」と短く告げた。

 ランドセルからボォッと音を立てて炎が垂直に立ち上がる。


「波動――熱波」

 

 あたりの気流を感じ、自分の波動を同期させていく。

 と、その炎を押し上げるように熱い風が巻き起こり、提灯ちょうちんに吹き込まれると蛇腹じゃばらがパラパラと押し上げられて十メートルほどの高さに。


「波動、雲蒸うんじょう

 

 翼の下から風が湧き上がり、タロウさんを乗せた風船凧はフワリと舞い上がった。

 

 と時を合わせたように、竜宮城からドォォォンッと祝砲が鳴らされる。

 街のあちこちから紙灯籠かみどうろうが空へ放たれ、オレンジ色の光の粒が夜の闇の中に踊った。



 翼は風を受けて竜宮城へ――。

 周りにはオレンジ色の灯火ともしびをともす紙灯籠かみどうろうが同じ風を受けて、遠くに近くに漂う。

「おう、まるで天の川におるようじゃ」

 とこれから始まる襲撃をしばし忘れて――。


 森の上まで到達すると、七郎(弁慶)率いる牽引隊が、松明たいまつをぐるぐる振り回している。

 座面の脇に束ねてあったロープを投げ下ろすとわさわさとロープが揺れて、松明たいまつが竜宮城へ向けて振られ――『牽引を開始する』の合図だ。

 

 グンッと腰から引っ張られると、スルスルとそちらへ引き寄せられていき、やがて竜宮城の上空へ到達した。

 校庭ほどの広場を篝火かがりびに照らされて、人影がこちらのオレンジ色の灯火の流れに魅入っている。


「ぬははっ、肝をつぶすが良い」

 クロウさんの悪戯心いたずらごころがむくむくと湧き上がり、ニヤリと笑った。

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