第三十九話 カトー・タイゼンであるっ

 それは風に乗流されて光の帯となり、さながら天の川が舞い降りてきたようで。

 査察団の一団もこの時ばかりは言葉を失い、滔々とうとうと流れる光の川に魂を奪われたかのように見入っていた、その時。


 ドォォォンッと火柱が立ち上がった。


「何事?!」

「て、敵襲――っ」


 場内を警備していた近衛兵が我先われさきにと、ワルレー軍卿と貴賓席きひんせきの査察団にかけ寄り人の壁を作る。


 場内に待機していたそれぞれの有力貴族の近衛たちも、おのおのの主人の元へ馳せ参じようと、広場は混乱に見舞われた。


「*$%#€様ぁぁぁ――っ」

「*+$€様はいずこ?!」


 貴族一人が連れてきた護衛の騎士は、事前の通知で抑えられていたとはいえ二十人弱。

 だが、校庭ほどの広場に大小合わせた貴族たちとその配下の貴族がいれば、総数は千を軽く超える。

 

 それが一斉に主人の元へと駆け出したのだ。

 ここでもし主人が害されるようなことがあれば、何のための護衛だと叱責しっせきまぬがれない。それどころか、騎士の名折れと解任やお取り潰しもあり得る。


 自らの命運をかけて、各々の主人へ駆け寄ろうとするのだからたまらない。

 もはや広場は坩堝るつぼと化した。


「鎮まれっ、ニジャール様の避難が先だ。カトー大佐、軍本部……いや宮殿へお連れしろ。オトワニ様とシズ姫もだ、急げ」


「承知。ニジャール様、ラの国のご一行もこちらへ。近衛第二はオトワニ様とシズ姫の確保、第三は貴族の方々を正門と西門を解放してそちらへ誘導しろ」


 そんなことを言っている間にも、火柱に続いてヒョウヒョウッと矢がふってくる。


「あガッ!」

「ぐぉっ」


 一人、二人と倒れる者たちが出てくると、騎士たちは血眼になって自らの主人を探しはじめた。


「どけっ! ¥&#%様ぁぁぁ――っ」

「&^*でございますっ、$€£様、いずこでございますかぁぁぁ――っ」

 

 舞台にいた巫女とその後ろに控える侍女たちの悲鳴が響き渡り、「ええいっ、何をしておる?! 篝火かがりびを消せっ、的になるぞ」とどこかの騎士がてんでバラバラに指示している。

 

 しばらく矢のくる方向を見定めていたワルレー軍卿が

「上からの襲撃だっ。弓隊をそろえ投光の支度したくができるまで、カンでかまわんっ、矢のくる方へ撃ち返せっ」


 と指示を飛ばすと、早速弓を携えた近衛が駆け寄ってきた。

 ギリギリと弓を引き絞ると、紙灯籠かみどうろうの光の川へ打ち放つ。

 

 カトー大佐が次の確保目標の舞台を見ると、すでにどこかの近衛が駆けつけたのか、人の壁を作り宮殿へと避難を始めたようだ。

 その様子を見て眉をひそめた。


「第二か? ……にしては早いな」

 篝火かがりび蹴倒けたおされ視界が極端に悪いなか、その動きに違和感を覚える。

 

 この混乱と暗さの中、指示した第二近衛の到着するには早すぎるし、その動きがあたりを極端に警戒しながら、まるで逃げるように動いている。

 要人警護なら、まず要人を逃しながら敵を威圧して追わせない動きをとれ、カトー大佐は部下をそう訓練してきた。


 ワルレー軍卿へ振り向くと

「賊です。近衛第一、ここは任せた」

 と言い放つや走り出した。


「波動、夜眼やがん

 と唱えると波動が目の奥にまで流し込まれ、薄明かりの中でも夕暮れくらいの視界へ変わる。

 走り回る有象無象うぼうむぞうを避けながら、最短距離で駆けつけた。


「波動っ、緊縛きんばく


 こちらの接近に気づいた一人に一撃を放つと、体をそらして崩れ落ちる。


「近衛隊長カトー・タイゼンであるっ。所属を名乗れっ」


 外朝から王宮へ続く石畳に、カトーの威喝いかつする声が響き渡った。

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