第三十八話 決行は光の川とともに

 切ない想いを抱えた十五歳の少女は、イソイソと紙燈籠かみどうろうを仕舞いこむと「ほぅ……」とため息をついた。


言伝ことづての玉”をふところから取り出すと手のひらで転がして見る。

 光を放ち父の浦島太郎が浮かび上がった。笑うと目尻にしわがよる、そんなところが大好きだ。

 まだ会ったことはないけれど。


「シズ姫、父と呼ばれる資格はないが、あなたのことを想い日夜にちや胸を痛めている。

 稚児ちごの月の夜(フェリーチェの儀の隠語)に必ず助け出す。それまで体をいたわりなされ、心安らかにおすごしなされ」


 小さいころから母である乙姫に繰り返し見せてもらった“言伝の玉”には、もう少し若かった頃の映像が多かったが、シズはどちからかというと今の方が好きだ。


「パパ……」


 また涙がこぼれ落ちそうになってくる。

 母にはいつも『王族たるもの強くあれ、民をいつくししみ導くには優しいだけでは務まらぬ。弱き姿を見せあなどられてはならぬ』と叱られるのだが、外道を強いられる王族が他にいるのだろうか?


『シズ姫、笑うてたも』

 次に変顔へんがおをした男の人が出てくる。年は同じくらいだろうか? 変顔へんがおを戻すとなかなかの美男子だ。

 なんでこの人はわざわざ変な顔をさらすのだろう?


『笑って笑って――心が軽くなろ?

 いや、なった、間違いなく心が軽くなって姫は安らかになった。待っておれ、必ず助けてやるからの。

 安心して……ただ待っておれ」


 優しさが音となって包んでくれる。

 あぁ……と何度目かのため息をつくと、あの日彼が告げた名前をつぶやいてみる。


「クロウ……クロウ・ホーガン様」


 急に顔が熱くなり両手で頬を押さえ込む。

 男の人の名前をつぶやいて赤面するなんて。ああ、なんてはしたない、恥ずかしい……。

 しまいには両掌で顔を覆い隠し、トクントクンと高鳴る心音を鎮めるために大きく息を吸った。


――――ついにフェリーチェの儀の日。

 昼間までの祭りの喧騒けんそうは、夜になると一転して静かな祈りに包まれる。


「この子たちが健やかに育ちますように。豊作になりますように――」

 それぞれがそれぞれの祈りを込めて、紙灯籠かみどうろうをもち竜宮城からの祝砲の合図をまつ。 


 その目線の先の竜宮城でも“フェリーチェの儀”は粛々しゅくしゅくと執り行われていた。

 広場の前の外朝がいちょうの戸が全て開け放たれると、ちょっとしたステージのようになっている。

 広場のあちこちで篝火かがりびかれ、舞台を囲う紅白の垂れ幕に篝火かがりびの火に照らされ浮かび上がる乙姫とシズ姫。

 その二人の、歌うような祝詞に合わせてシズシズと進み出た巫女たちが、手にした鈴をかき鳴らす。


 例年ならこの広場に抽選で選ばれた一般参賀の民が集まり、一斉に祈りを捧げる。

 今回は“ラの国”の皇女と査察団を貴賓席に迎え、広場には有力貴族が手に紙灯籠かみどうろうを捧げもっていた。


「なかなか幻想的だな」

 ニジャール・ラ・フンデルは席に腰掛け、隣のオットー・トラウトマンに話しかけた。


「閣下……実にこの国は美しい。願わくば――」


「ああ、この全てが手に入るならば皇帝陛下もお喜びになるだろう」


「閣下……」


 オットーが逡巡しゅんじゅんしている間に、舞台の祝詞のりとは終わりに近づき乙姫とシズ姫の捧げる紙灯籠かみどうろうが空に放たれた。


 と、同時にドォォォンッと祝砲が撃ち放たれる。

 一斉に空へ放たれる紙灯籠かみどうろうたち。

 オレンジの光を放ちながら、王都エテルネル全域からそれが放たれた。


 それは風に流されて光の帯となり、さながら天の川が舞い降りてきたようで。

 査察団の一団もこの時ばかりは言葉を失い滔々とうとうと流れる光の川に魂を奪われたかのように見入っていた、その時。


 ドォォォンッと火柱が立ち上がった。

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