第三十七話 狂気と切ない想いと

「王族の首と大妖ハデスの遺物を差し出せ」

 それが“ラの国”の第三皇女、ニジャール・ラ・フンデルの要求だった。


――――宮殿の廊下ろうかにて。


 ドカドカと荒々しい足音がひびき、侍女たちは品のない足音に眉をひそめた。


「オトワニ様はいずこか? ワルレーが火急の用事でお尋ねしたと取り次げ」

 いささか余裕のない声色こわいろを張り上げているのは、ワルレー軍卿その人だ。もちろんその後ろからのっそりとカトー大佐もしたがっている。


「何事です?! 今、乙姫さまは“フェリーチェの儀”に備えていらっしゃる――不敬ですよ」

 乙姫の侍女と『お切り手きりて』と呼ばれる女性の近衛が行く手をさえぎった。


「火急……と言うておる、が? おのれらは立場と言葉の意味がわからんか?」

 気だるげに首元をなぜると

「カトー、邪魔する者はれ」と押し殺した声で告げる。


「承知」


 カトー大佐は八の字に眉をゆがめてスッと前に進み出た。

 左手でさやを押し出し、右手はサーベルのつかに添えている。進み出ながら腰を落としていった時。


「やめなさいっ、何事です!」

 すぅっとすべるようにその前に姿を現したのは乙姫だった。


「火急にして深刻な話です。人払いをお願いしたい」

 とワルレー軍卿の顔に焦燥しょうそうの色を感じた乙姫は「自室へ……」と侍女へ案内を命じた。


――――乙姫の自室にて。


端的たんてきに申しましょう、明後日にはあなたとシズ姫の首、大妖ハデスの代物を献上せよと“ラの国”のニジャール閣下が――」


 ことの次第を聞いていたオトワニの顔色が見る見る蒼白に変わっていく。


「なんと……なんと理不尽な。

 ワルレー軍卿、引き金を引いたのはあなたです。私がどれほど苦労して“ラの国”をいなしてきたか。

 国の興隆などは十年、二十年の時を経て移ろうものです。それを見極めもせずに……「くだらんっ!」な?!」


「くだらぬ、と申し上げた。“ラの国”は遅かれ早かれ侵略するつもりだった。

 理由は三つ。

 一つは二年前、シズ姫の輿入こしいれを断ってきた。植民地にするつもりの国の姫など不要ということだ。

 一つは監視官の固定。長期にわたって“アの国”の人、物、金の流れを把握はあくし“侵略してももとがとれるか?”を調べさせるためだ。

 最後は年六度の朝貢ちょうこうだ。弱小な国ならこれだけでつぶれる。

 鼻から侵略ありきだった――」


「だとしても大妖ハデスを復活させては味方もやられてしまいます。アレは敵味方の区別はできない」


「その損失は“常世の国”から強奪する。“渡来人”は我らの何倍も波動が強い、屈強くっきょうな軍団を作り上げ“ラの国”を跳ね返す――いや、もうこんな話すらここに至れば無意味」

 

 お分かりですな、と乙姫の目をのぞき込んだ。虹彩こうさいから光を失っている。


 これは狂気の目だ。


「もはや猶予ゆうよはない。明日の夜までに大妖たいようハデスを復活させていただく」

 でなければ――ハハッとわらう。


「我らはあなたとシズ姫の首を差し出さねばならなくなる。敗軍の将として処分される前に、ね。

 死にたくなければハデスを復活させろ」


――――シズ姫は。


 そんなことなどつゆ知らず、あの日やってきた少年の姿を思い出しながら“フェリーチェの儀”で使う紙灯籠かみどうろうへ願い事を仕舞しまいい込む。


『国中の稚児ちごが無事育ちますように。豊作でありますように。あの方にもう一度会えますように』


 驚くほど純粋な心を“外魂の玉”を作るごとに人の命が奪われていく外法で心をすり減らせていた。

 そんな時、出会った少年は『御身おんみの味方じゃ』と言ってくれた。

『辛かったであろ』と傷ついた心をいやしてくれた。

 切ない想いを抱えた十五歳の少女は、イソイソと紙燈籠かみどうろうを仕舞い込むと「ほぅ……」とため息をついた。

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