第三十六話 ニジャールの要求

大妖たいようハデスは復活するのか?」

 と、ニジャールが問いただした。


「……まさか。神話の世界の大妖たいようですぞ? まさか“ラの国”の方がそんなお伽話とぎばなしを信じていらっしゃ……失言でした。真面目にお答えいたしましょう」

 ワルレー軍卿は途中からニジャールの目線が剣呑けんのんな色へ変わるのを見逃さなかった。

 こういう場合、茶化すような発言はかえって疑惑を呼ぶ。


「我が軍としてはあらゆる危機に備えなければならない。ゆえにしばらく調査をした事はございます」

 これがその時の報告書です、とカトー大佐の渡す書類をそのまま押しやる。


「――歴史的な遺物に過ぎない……か?」

 ペラペラと流し読みしたニジャールがつぶやき、側近の一人にそれを回す。


「それと突然死に関しても現在、調査中ですが関連づけられる共通点はなかった。ただ、金と物の流れに関しては少々我らの落ち度もある」

 のでございます――と言葉を切って深々と頭を下げた。


「我らは当初“ラの国”を過大に恐れていた。付き合いの長い王政から我らが政権を奪還したのを機に“ラの国”が攻めて来るのではないか? と」


 ゴクリと唾を飲み込むと、青白い顔で必死の形相を作る。

「我らが政権を奪ったばかりに国ごと喰われてしまうのではないか? と」


 ニジャールは先を続けよ、とばかりに小さくあごを突き出した。


「それゆえ軍備を増強しました。国庫をひらき徴兵し訓練し、武器をそろえたのです。

 それが金の流れとなり、物の流れとなった。これが疑惑となるのなら、我らの“ラの国”への恐れが呼んだ愚行に他なりません、閣下っ」


 椅子からゆっくり降りると跪いた。


「ゆえにどうか我らを“アの国”の統治者として認め、安堵させていただけませんでしょうか?」


「ふぅん……我が国への恐れが人と物と金の流れを作ったか? 我が国を引き合いにだすのは面白くないが辻褄つじつまは合うな……。

 大妖たいようハデスを復活させて“ラの国”に弓を引くつもりはない、と言い切れるのだな?」


「ハハっ、身命に誓って」


「ならばその証しとして、大妖たいようハデスの遺物と女王オトワニ、その娘シズ姫の首を差し出せ」


 一同の時が止まった。

 それはそれぞれの思惑においてだが『王族の首の要求と建国神話の遺跡の引き渡し』は『侵略後の歴史の書き換えをする準備』を意味する。


「できぬ、と申すか?」


 ワルレーはカラカラになった喉を唾でうるおし、

「なぜにそこまで大妖たいようハデスに執着なさります?」

 と絞り出した。


「言えぬな――いや、ヒントくらいは出してやろう。我が“ラの国”の建国の神話は知っておろうな?」


「鉄と火の中から生まれ出た鋼鉄の国とか……」


「そうだ。だがそれは神話ではない。事実、そうだったのだ。不思議に思わんか? その鉄はどこで生み出されたのだ?」


「……どこで、ですと?」


「我らの前に発展した文明がある。我らはその遺品を元に発展した。

 その我らの前の文明が産み出したあやかし――それが大妖たいようハデスだ。

 我らが鉄と火の文明を復活させたように大妖たいようハデスも復活する――やも知れぬ」

 おっとヒントではなく答えであったな、とニジャールは笑った。


「あらゆる危機に備えるのが軍であろう? その総帥そうすいたる王族ならば備えねばなるまい?」

 と、見透みすかすすようにワルレーの目をのぞき込んだ。


「期限は明後日までだ。“ラフォーレの儀”までは見逃してやる。これも我が“ラの国”の友好の証しだ、ありがたく思え」

 言いたいことはそれだけだ、とばかりにニジャールは席を立った。


 作者より。

 すみません、ストックが怪しくなってきたので次回は17:00更新します。筆力の続く限り、更新を続けますので宜しくお願いします🙇‍♀️🙇‍♀️

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