第三十二話 査察団の到着

「いやじゃぁぁぁ――っ」

 絶叫をあげて逃げだそうとする首筋を、太郎さんはしっかと捕まえてすごみのある笑顔を浮かべた。


――その日の昼頃。


 漁村を少し離れると小高い丘があり、その先はすぐに山林になる。

 その中間あたりに潜伏している荒屋があり、オレたちは『太郎ブートキャンプ 実践編』で山林の獣道けものみちを駆け上がっていた。


「もうヘタレましたか?! 足の肉筋にくすじ一つ一つに波動はどうを流し込み、地を波動で弾きとばすつもりでっ」

 と太郎鬼軍曹の叱責しっせきが飛んでくる。


「こ、これくらいワケはないのっ、鞍馬寺の山道でさんざん走っておったわ」


「その割におそうございますなッ」

 七郎さんも僧兵、修験者の経験があるから飛ぶように走っている。

 目の前に飛び込んでくる下枝をかいくぐり、張り出した根っこを足がかりにしてさらに加速する。


 異常なのは太郎さんだ。

 全員兵装へいそうして三十キロの荷物を背負っているのに、太郎さんは走りながら飛び上がっては樹木を蹴飛ばして、猿並みの速度で木の上を走っている。


「なんの、ワシもっ」

 と樹々をってはマネして飛び上がるのだが、そのたびに「ぬぁぁぁ――ッ」と転がるクロウさん。


「クロウ様、恥ずかしいですぞっ」

 とせせら笑っては七郎さんが助け起こし、すぐまた飛ぶように走っていく。

 きっとハッパをかけてくれてるんだろうけど。


「なんのッ」


 とムキになるクロウさんの気持ちもわかる。誰よりも強くなりたいのはこの人だからだ。


 目的地は山頂にある“遠見のやしろ”。

 そこでは眼下に“アの国”の王都“エテルネル”が一望できる。

 ここのところ毎日、竜宮城の様子を遠望するため、山頂までタイムアタックを繰り返していた。


「ぬぁぁ――っ、ぬぁッ」


 山頂にたどり着くとはぁはぁと息を切らして、クロウさんがひっくり返った。その隣へ七郎さんもドッカと腰を下ろし息を切らしている。


 タロウさんは波動を使って息を整えているのか、二、三回深呼吸するともう平気な顔なんだけど。


「む?!」


 と何かを感じたのか、オレと七郎さんのえりをつかむと“遠見のやしろ”の影に引っ張り込んだ。


「なにやら海の方よりやって来ます」


 来た道を振り返ると、ブィィィィィンッと空を震わす音がする。

 見上げると“キ”の字の形に似た“何か”が上空を通り抜けていった。


飛行籠ひこうかごです。通称“トンボ”」

 とタロウさんが解説してくれたソレは、まさしくトンボの形をしたプロペラのないヘリコプターだった。

 プロペラの代わりにトンボの羽のような張り出した翼が、空気を振動させて飛び去っていく。


「“ラの国”の査察団が到着したようですな」

 とタロウさんが唾を飲み込む。


 見る見る小さくなっていくソレは竜宮城のあたりへ消えていった。


――ここは竜宮城の外朝の前に広がる広場。

  ここから第三者目線です。


 事前の使者の知らせにワルレー軍卿と、カトー大佐をはじめとした近衛隊、“ラの国”からはオットー・トラウトマンをはじめとした監視官一同が正装して上空から舞い降りてくるトンボを出迎えに待機していた。


 一機のトンボが上空にさしかかると、ゆっくりと垂直に降下してくる。

 赤い鋼鉄の機体が広場に降り立つと、トンボの目の部分から降り立った副操縦士コ・パイロットが胴に当たる部分の扉を引き開ける。


 中から降り立ったのは真っ白な全身鎧フルプレートに包まれた人物。


 それが歓迎に出迎えた一団を前に、白銀の兜をぬぎさりその銀髪の髪をなぶる。


「“ラの国”第三皇女、ニジャール・ラ・フンデルである。出迎えご苦労」

 と言い放った。

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