第三十一話 太郎ブートキャンプ

「これを極めますと――変幻自在へんげんじざい


 シユッ、とヘビのようにひもが伸びてイスにからみつく。そのままタロウさんが手首を引くと、イスが飛びつくようにタロウさんの手元に飛んでくる。

 

「全ての物理は意のままとなります」

 そのまま椅子に腰を下ろした太郎さんに

 

「木剣を使って相手をしびれさせたやつがあろ? アレはどうするのじゃ?」

 とクロウさんが聞いてる。


「アレはですな、手にするモノに“波動”を流し込むのです。強く振動しているモノに触れば当然、相手は弾かれる――実演しましょう、リタさんスプーンを」

 と、スプーンをリタさんから借りて波動を通し、お茶につけて見せるとお茶の表面が細かく波打った。


「このように“震えているモノ”に“静止せいししているモノ”が接すると震えますな? それが波でございます」


「だから“波動”なのかの?」

 と、問いかけるクロウさんに太郎さんが、左様でございます――と優しく微笑む。


 各子振動かくししんどうを増幅させて、それを伝播でんぱさせる物理現象の云々うんぬん

 もうオレは魔法でいいや――わかんねぇもん。


「ふぅむ、理屈がわかれば面白いの」


 と七郎(弁慶)さんを突くと

「全ては神仏のお力をお借りする神通力。南無阿弥陀なむあみだぶつ冥加みょうがでございます」

 とすでに悟ってる顔だ。


 平安末期の人の方が受け入れが早いという……。


「今回の救出に役立ちそうな“意縄いなわ”を訓練しましょう」

 さっき太郎さんがやって見せたアレだ。


「まずひもの波を感じ、我が身の波を感じます。次にその波を合わせて行く。さすれば――」

 と太郎さんの持つ紐がまっすぐに天へ伸びていく。


「こうかの?」

 とクロウさん、もうできてるし。


「こうですかな?」

 と七郎さんも。


 あきれ顔で見返す太郎さんの顔が「ならば……」と固く引き締まる。


 それからが太郎ブートキャンプの始まりだった。


――その日の夜。


「しち、七郎……動けぬ、七郎――水を持ってきてたも」


「ぶ、武士の総領そうりょうの弟御とは思えませぬが? むしろ配下を気遣うくらいが将たるものでは、ござらぬか?」

 肩で息をしながら七郎さんがゴロリと寝返りをうち、動けないアピール。


 荒屋あばらやの床に二人して転がっている。


「まぁまぁ、お二人とも随分随分ずいぶんしごかれたようですね」

 とコロコロ笑いながらリタさんが毛布を持って近づいてきた。


「はい、七郎さま、これはクロウ様……と」

 言った瞬間、こわばっていたはずの体が躍動した。


「リタ、揉んでたも! もうどこが痛いかわからぬのじゃ」


 とリタさんを毛布に引き込んだ。

 どこにそんな力が余ってたんだぁ! と思ってたら


「まぁ、悪い子は少しお仕置きしなくてはなりませんね」

 と首筋を両手でかきいだき、ぎゅーっと締めたまま「波動、緊縛きんばく」とのたまった。

 クロウさんは体をのけぞらせ、白目をむいて意識を手放す。


――――その翌朝。


「“フェリーチェの儀”がいよいよ来週の月の日に開催されると内通がございました」

 太郎さんは、プルプルしながらやっと立っているクロウさんと七郎さんに告げた。


「お二人はよく修行なさいました。そこらの術師と比べても遜色そんしょくなきくらいに」

 ニコニコ笑うイケ親父は、とてつもなく甘い微笑みを浮かべる。


「ほ、ほんとかの?! ならばもう……「というわけで実践形式の訓練に移りたいと思います」良かったのではなかったのか……?」


 クロウさんの元気玉が見る見るしぼむ。


「いやじゃぁぁぁ――っ」

 絶叫をあげて逃げだそうとする首筋を、太郎さんはしっかと捕まえてすごみのある笑顔を浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る