第三十話 奇想天外


『『寄越せ』』


 カトー大佐の波動が発動し乙姫が倒れると、無数に湧いた手もかき消える。


「まだ復活には足りぬか?」

 ワルレー軍卿はおぞましげに乙姫を見下ろした。


――――そんなこと知るはずもなく。


 潜伏している漁村から少し離れた荒屋あばらやで、ポールさんが内通者からの情報を皆に伝えている。


 ここにいるのはクロウ(義経)さん、七郎(弁慶)さん、太郎さんとリタさん、なぞなぞおじさん……じゃなかったショーミさん。


「造反を疑って“ラの国”から査察団がやってくる。だが、それはワルレー軍卿の真意を問うのはたてまえで、侵略の前準備と言われております」


 そこで歓待の最後に、平和を祈願する“フェリーチェの儀”を友好の儀式として披露する。

 その流れで乙姫とコト姫の“祈りの儀”は査察団と国内の有力な一族に限定された――と言うところらしい。


「一般参賀に紛れ込んで潜入するのは難しくなりました」


 腕組みをして渋い顔をしている太郎さん。

 うわぁ、まずいよクロウさん。


 そんなオレの心配に反してクロウさん、

「ふむ……好機じゃの」

 とつぶやいた。


「?……何が好機なんですかな?」


「いや、なに、警戒は強まるじゃろうが警戒する場所は限定されるじゃろ? 有力貴族が集まると言うことは、その私兵たちも集まるじゃろ?」


 よほどの訓練をせねば人はまとまって動けぬ、と言う。


「密集しているところに騒ぎがおこれば、見慣れぬ者同士じゃ、間違いなく混乱する。そこが狙い目じゃ……そこでワシが夢からお告げをもらったコレを使う」


 と腰にくくりつけた筆差しを取り出すと、たもとから半紙を引っ張り出して、とサラサラと絵を描く。


 げ……コレはオレの記憶から引っ張って来た知識だ。

 まずくないか?

 って考えてみりゃ、ここは“アの国”だし、日本の中世じゃないから大丈夫なのか?

 

「……と言うのはどうじゃ? これなら今から準備に取り掛かっても間に合うであろ?」

 とクロウさんが上目遣うわめずかいでポールさんと太郎さんを見る。


「――これはまさしく奇想天外と言うか……」

 しばらくうーむとうなる二人。


 七郎(弁慶)さんなどは

「我があるじの言うこととはいえ、とてもそうなるとは思えませんがの」

 と疑問視してる。


「まぁ、その目で見なければ到底とうてい信じられるものではなかろ。人気ひとけのないところで試験してからじゃ」


 と両肘を突っ張って手を頭の後ろへ組むとそっくり返る。


度肝どぎもを抜いてやろうぞ」

 と得意げにイスの背もたれに身を預けた。



――――それが出来上がるまでの間。


 ポールさんたちは諜報活動に走り回っている。

 準備が整うまでの間、クロウさんと七郎さんはタロウさんに新しい波動を習うことにした。


「波動とは揺らぎをとらえて大きく揺さぶる技でございます。ゆえに“とらえて”“揺さぶる”感覚を鍛えねばなりません」


 と何もない空間を空気の壁を押すように、ゆっくりと動かすとサワサワと風が吹いた。


「そしてコレに物を乗せる“感覚”を乗せますと」

 と腰に束ねた紐を取り出すと、じっと感覚を確かめるように握りしめる。


 と、紐がまるで生きているかのように動き始めた。


「これを極めますと――変幻自在へんげんじざい


 シユッ、とヘビのように紐が伸びてイスにからみつく。そのままタロウさんが手首を引くと、イスが飛びつくようにタロウさんの手元に飛んでくる。

 

「全ての物理は意のままとなります」

 と静かにイスをおろすと、ゆっくりその上に腰かけた。

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