第二十八話 オットー・トラウトの圧力

「“フェリーチェの儀”が取り止めとなります」


 なん……だと?


 ポールさんとタロウさんが入ってくるなり驚愕のニュースが飛び込んできた。


「まさか……の」


 しばらく言葉を失う。

 今回の無謀な潜入が、ポールさんたちの計画もそれへ向けた準備も台無しにしてしまったのか?


「いえ、一般参賀がなくったということです」

 とタロウさんも苦悩の色を浮かべている。


「今回の潜入(が原因)かの?」

 恐る恐る口を開いたクロウさん。


「恐らくは“ラの国”のせいかと。ざっくりした内容ですが」


 とポールさんはその内容を語り始めた。


――――ワルレー軍卿の執務室で。

 ここからは第三者目線になります。


 広さは二十畳くらい。

 ワルレー軍卿の執務室は、軍議を重ねる場面を想定して十名も座れる会議机が中央に鎮座ちんざしており、その奥に衝立ついたてで仕切られたワルレーの執務机ワークデスクがあるという、かなり広い作りだ。


 その右手の扉を開けると来客用の応接間へ続く。

 こちらは軍に用事があるような物騒ぶっそうな連中が訪ねてくることが多いから、壁一面に重厚な板壁いたかべが張られ、そこに歴代の軍卿の肖像画しょうぞうがと、中央には日焼けして取り残された不自然な空間が残されている。

 

 女王オトワニの肖像画が飾られていた場所だ。

 

 天井には無骨なシャンデリアが来客を押しつぶすような重圧を与え、窓は深緑ふかみどりの厚手のカーテンが、昼間に関わらず外からの視線をさえぎるように引かれている。


 ちょっと気の弱い者ならその雰囲気に落ち着かなくなるものだ。

 だがワルレー軍卿の目の前にいるは、まるでそんなことを頓着とんじゃくしていない。

 むしろこちらを威圧するような冷たい目線で、ワルレー軍卿を見据みすええていた。


「私がいかに苦労して“ラの国”からの要求を減額させているかは知らぬわけではあるまい?」


 険のある色白な顔。

 厚ぼったいカーキ色の軍服に身を包み、応接間のソファーに深々と腰を下ろしている。

“ラの国”の監視官オットー・トラウトだ。


「そこ(日焼けした肖像画しょうぞうがのあったあたり)に掲げられていた方は実に賢明だったよ。とても素直だった――私は憂慮ゆうりょしているわけだ。そんな彼女を幽閉している君が」

 と、ぐいっと顔を寄せてくると、応接の卓に両肘りょうひじをついてワルレーを下からねめあげる。


「我が“ラの国”へあだなすのではないか? とね。ワルレー軍卿」

 

 ワルレー軍卿は一瞬、顔を硬くしたが、すぐに困ったような笑顔を浮かべた。


「ご懸念けねんは理解できます――我らとは過ごした時間が少ない、当然でしょう。ですが少々、オトワニのことを買いかぶりではありませんか? 彼女のやったことは、“ラの国”への背信行為うらぎり


 と手元に置いた資料をそっと推しやる。

「我らが調べただけでも“ラの国”以外とさかんに情報をやり取りし、食糧を融通ゆうずうしている。その中には“ラの国”に敵対する国も含まれておりました」

 いわゆる裏帳簿だ。


 属国の監視を任されているオットーからすれば『寝耳に水』で、本国にバレると非常にまずい。


「これは……」と資料に目を通すと顔を引きらせる。


「これで私があなたの味方である、と、おわかり頂けたでしょう?」

 と笑い返すワルレーに、

「情報は感謝する。これからも“ラの国”と上手く付き合いたいなら、私を軽く見ないことだ」

 と立ち上がった。


 足音けたたましく立ち去る彼を見送ると、「カトー大佐」とカベの一部に声をかける。

 カベの一部がぼやけると眉を八の字にした冷酷な目をした男が現れた。


「カトー大佐、ハデスの様子を見に行く。乙姫を連れて来い」

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