第二十七話 なん……だと?

 トーンッと飛び退いて構え直すカトー。

 だが、その位置に待っていたのはクロウさんだった。


「波動、緊縛きんばくっ」


 クロウさんの声が響くとカトーは体をのけぞらせた。


 一を知れば十を知るクロウさんだ。

 あっという間にカトーの放つ緊縛きんばくを再現してみせた。

 だがこれはカトーの波動を真似たわけじゃない。

 オレ(中村蔵人)の記憶の中の、スタン・ガンをイメージしたようなのだ。


「ぬ……ご……」

 カトーはそれでも意識を手放すことなく、こちらを睨みながら、全身に波動を流し込み回復しようとしている。


「ほぅ? アレでもダメか? 貴様、本当に人間かの?」

 と驚きつつもゆっくりと距離をとり「波動 隠遁いんとん」と唱えるとたちまち夜の闇に溶け込んでいく。


「さ、このスキにっ」

 と走り出す七郎さんの後を追いかけて、オレたちは夜の闇へ消えた。

 

――――で、根城に戻ってみると。


 見覚えのある行商人姿の男から声をかけられた。

『竜の巣』にいた一人だ。

「しばらく身を潜めてください」

 と納屋へ案内し同じ行商人姿に着替えさせる。


 そのまま夜が明けるのを待って以前と同じ手で関所を抜け、海岸近くの漁村に連れてこられた。

 そこで待っていたのはリタさん。


「リタ……腹が減ったのじゃ」


 親しい顔に再会して気が緩んだのかおねだりを始めた。

 実際、昨日の朝から何も食べていないから、腹の虫がギュルル――ッと景気の良い音を立てる。


「飢えておしまいなさい」


 あれ? 怒ってる?


「……すまんの。心配をかけたかの?」

 珍しくクロウさんが小さくなって聞いた。


「いいえ、心配なんかしていませんとも」

 そう言うリタさんの目の下には、うっすらと隈が浮かんでいた。


「あなたのワガママのせいで、不要な警戒を呼び『問屋 竜の巣』も引き払わざろう得なくなりました。市中の警戒も強化されることでしょう。

 オトワニ(乙姫)様やシズ姫様の救出も控えていると言うのに――」


 冷たい目線でこちらをにらむリタさんに、

「このとおりじゃ、すまんの……許してたも」とヘタリと頭を下げた。


 外聞を気にする侍が頭を下げるのは珍しい。だがクロウさんは「自分が弱いのはよくわかっているからの」

 と頓着とんちゃくしない。


 それは相手が味方であれば

「助力を頼む――と言ってるのと同じコトじゃ。沽券こけんにかかわるなどとこだわっていては、大事は成せんからの」だって。

 不思議な人だ。


 さすがにリタさんも

「次こそは他人の話をちゃんと聞きなさい」

 とお姉さん目線で。ほっこりした雰囲気に他にいた郎党たちも同じく許してしまっている。


 こう言うところが後に一軍を率いる将器なんだろうなぁ。人を味方にするのが上手い。


――――でやっとありついた朝飯。


 磯ノリのスープに小エビと小麦粉を練ったお団子が浮かんでいる。硬い黒パンが二つ。

 貧乏学生のオレからすればかなり豪華だと思う。それはクロウさんも同じらしくホクホクと笑ってる。


「これじゃ、これじゃ。すまんのリタ」

 と早速黒パンをスープに浸しては食いつき、スープをスプーンですくっては天を見上げ「神仏に感謝じゃ」と身震みぶるいしてる。


 疲れた身体に、程よい塩見とエビのうまみが染み渡って疲れがほどけていく。

 それは七郎(弁慶)さんも同じのようで手を合わせて「南無阿弥陀……」と唱えている。


 そんなこんなしていると「困ったことになりました」とポールさんとタロウさんが入ってきた。


「“フェリーチェの儀”取り止めとなります」


 なん……だと?

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