第二十五話 クロウは闇の中で嗤う

《必ず救い出してやるよって心配いらぬぞえ》

 そう伝えた時だ。


「波動に異常ありっ! ぞくじゃっ、出会えっ」

 と底冷えのする声が響いた。


《いかんっ、シズ姫ここまでじゃ》


 そう伝心でんしんで伝えると、腰のウィンチのレバーを下ろした。ギュルルル――ッと巻き取られる糸にたちまち天井まで引き上げられる。


「ま、待ってっ。あなたは?」


《クロウ……クロウ・ホーガン。御身おんみの味方じゃ》


 こだまのように伝わって、コクンとうなずいたのが見えた。やがてドタバタと足音が響き、

「乙姫とシズ姫の部屋を改めよ、貴様は……」

 と指示を出す声が聞こえた。


ぞくじゃ」

「出会え、出会えっ」

「門を閉じよっ、ネズミ一匹漏らすなっ」


 と、物々しい声が足元からガンガン響いてくる。

 心臓はバクバクと鳴り冷や汗が流れる。ゴクリと唾を飲み干すとわらいがこぼれていた。


「クククッたまらんの、ゾクゾクしよる」

 そうつぶやきながらクロウさんはスルスルとはりの上を移動していき、立ち止まると足下の気配を探る。


「人があふれておる、か……」


 足元からはさっきとは比べようもないくらいの足音と怒号が聞こえる。

「さて……」と、天井裏のさらに上を見上げた。

 

 野地板(瓦の下の板)が規則正しく並んでいる。そのうちの二枚にシコロを差し込んで、引き抜くと瓦をゆっくり持ち上げた。

 一枚、二枚と引き抜いたあたりで、クロウが通り抜けられらるほどの穴があく。


「よっ」


 とそこに身を滑り込ませると屋根の上に出た。

 むろん隠遁いんとんは発動したままだ。眼下には篝火かがりびかれ、武装した近衛兵たちが捕物用の刺又さすまたを携え、あるいは投網を肩にからげ弓を持つ者、と様々に入り乱れている。


「さて」

 と袈裟懸けさがけにした風呂敷を外すと、中から布に包んだ三枚の板バネを取り出した。

 一番短い板バネの長辺は谷折りに折り曲げられてあり、そこに両端から残りの二枚を差し込むと、ちょうどそれらを挟み込むように溝の掘られた取手とってを取り付ける。

 これもポールさんがさずけてもらったヤツだ。


 取手に空いた穴に目釘めくぎを差し込むと、今度は片方の板バネに弦を通し「うぬぬぅ」と体重をかけて押し曲げ、もう片方に引っ掛けた。

 携帯型短弓の出来上がりだ。

 

 短めの矢の先に腰のリールから引き出した鉤爪かぎづめを取り付ける。

 さて――と見渡すと、昼に潜入した時に目をつけていた大樹を探す。

 篝火かがりびに照らされて黒く浮かび上がるそれを見つけると舌なめずりした。

 

 ヒョウと短弓を放つと鉤爪かぎづめが大樹に巻きつき、このまま振り子飛びターザンジャンプで脱出だ――と思ってたのに。


「これだけ集まってもらったんじゃ。挨拶もなしとはちと寂しかろ」

 いつもの悪戯心いたずらごころがムクムクと湧き上がって来てる。


 バカッなの? ほんとバカなの?


「これくらいかましてやらねば、おとこすたろう」

 と腰から短刀を抜き去る。


 いざ行かん――と前のめりになった時だ。


 目の端に閃光が走り手にした短刀で叩き落とす。


「ぬ?!」


 足元には短い直刀が転がっている。ズンッと体が冷たく重くなった気がした。


「屋根の上じゃ、弓を放てっ」

 とゾッとする目がこちらをにらんでいる。


 アイツだ。

 カトー・タイゼン大佐……確かそう呼ばれていた。


「波動、緊縛きんばく

 とヤツが唱えると、オレの周りの空気がパチパチと弾け始めた。

 これはおそらく電撃――迷わずウィンチのレバーをMAXで引き下げた。


 ラインに引き込まれるように宙に踊ると、違うことなく瓦がパチンッと弾け飛ぶ。


「逃すなッ」


 そのコマンドはアリのように群がる追っ手に放たれた。

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