第二十四話 助けて……

 内廷へ難なく潜入したクロウさん。


「波動――夜眼やがん

 とわずかな光でも見通せる波動を発揮して、屋根裏を移動中。

 こんな時間でも内廷はブラックらしく、残業の灯りが天井の節穴ふしあなかられていた。


「さてこの柱から四つ、右に十二数えたあたりか?」

 均等に並んだ柱を頼りに、頭に叩き込んだコト姫の幽閉されている資料室の上まで移動する。

 

(ここらかの?)


 シコロでそっと天井の羽目板を外すと、フワリと木蓮もくれんの香りがした。

 幽閉の無聊ストレスを少しでもなぐさめようと木蓮もくれんの花を飾っている――と、侍女が語っていた。


(あたりじゃの)


 腰の皮帯かわおびを胴回りに回すと、横に長いリールが。これは、潜入用の装備だとポールさんが準備してくれたものだ。 

 

 リールに巻かれた糸の先は鉤爪かぎずめになっていて、どこでも引っ掛けられるようになっている。

 リールの中に強力なゼンマイバネが内臓してあり、側面のレバー一つで巻き上げの強弱が調整できる。

 糸もひとり二人ぶら下がったくらいでは切れないと言う優れもので、平たく言って現代のウィンチだ。

 

 一を聞けば十を知るクロウさん。

 たちまち使い方を習熟して「これは良いの」とご機嫌で持って来た。


「さて、ご尊顔そんがんはいさねばの♪」


 鉤爪かぎづめはりに引っ掛けると、ゆっくりと糸を繰り出していく。音もなく降り立つと、そろそろとシズ姫のいるであろうベッドへ近づいて行った。


「誰?」

 と鈴がなるような声。


 途端にクロウさんは土下座をしていた。

(波動、伝心でんしん)と心中で発すると、

《味方じゃ――騒がんでたも。シズ姫かの?》と、たずねる。


伝心でんしん』は波動を歯の裏へ当てることで、音波で言葉を伝えることができる。

 

 ちなみにリタさんに、手拭てぬぐいとこれで「お化けぞえ」と、さかんに悪戯イタズラしてたヤツだ。

 おかげで二度も飯を抜かれた。――何やってんだよ。


「私を殺しに来たの?」


《味方と言うておる。父上(タロウさんね)の言伝ことづてあずかってきた》


「ああ……父上……」

 とこぼすとポロポロと涙を落とす。


《辛かったの? コレが預かった“言伝ことづての玉”じゃ。さ、手に取られよ――》


 ススっと膝立ひざだちで近づくと、優しく手に乗せてやる。


《後ほどコッソリ聞くと良い。必ず助けに参るよって……》


 ポフっとシズ姫がおおかぶさって来た。

「嫌っ、もう嫌なの、助けて――今すぐここから出して」


 ふんわりとラズベリーの甘い香りがした。

 押し付けられた二つの丸い丘がグニャリとゆがんでるのがわかる。


「お……?」


 思わず腰に回した手が、ウエストのくびれと女性ならではの曲線を意識させて、頭の奥がクラクラとしびれた。


「おお……?」

 トクンっと心音が高鳴った。


 耳元でシズ姫の嗚咽おえつが聞こえる。

「お願い……お願い」

 

 震える背中をポンポンと優しく叩きながら、「しーっ、しーっ」とささやきを繰り返す。


《苦しかったであろ? つらかったであろ? 我ら味方ぞえ。味方がおるぞえ……心配いらぬ。だから泣いてたもうな、今しばらくじゃ》


「波動……癒温イオン


 シズ姫のトクトクとした心音が伝わる。それに合わせてクロウさんは波動を放った。

 強く固まった体から少しずつ力が抜けていく。


「お……男の人?」


 あ……? 侍女の化粧をしているんだった。


《必ず救い出してやるよって心配いらぬぞえ》

 そう伝えた時だ。


「波動に異常ありっ! ぞくじゃっ、出会えっ」

 と底冷えのする声が響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る