第二十三話 潜入は慣れたもの

 クロウさんは

「さて、ご尊顔そんがんを拝せねばの」とのたまった。


――――で夜になって。


 オレと七郎(弁慶)さんは竜宮城の壁を伝い走っている。


「ここらへんかの?」


 地図に示された今日のシズ姫の居場所に一番近い壁に、印となる葉っぱが貼り付けてあった。

 例の侍女の手引きだ。


 ポールさんからは

「くれぐれも悟られぬように――」と釘を刺されている。


「七郎(弁慶)っ、ぬしはここにおって退路を準備しておけ。一刻二時間して戻らなんだら根城へもどれ」


 そう言いながら灯籠のたもとに置いてある一抱ひとかかえもありそうな石をどかすと、侍女の衣装が出てくる。


「なぜに無理に潜入なぞなさいます? 悟られれば、来月の企みも水のあわになりもうそう。知らせるだけなら“言伝ことづての玉”で知らせる手もありましょう」

 と声をひそめて叱ってくる。

 根城を出る前にも、みんなから散々さとされた話だ。


「いや、そうはいくまい。ワシだからこそ潜入できよう。仮に撃退されても、警戒は強めるであろうがこの程度か、と油断も生むであろ」


 実際、クロウさんの隠遁はリタさんも感知できないほどに熟達していた。

 何やってんだろ? この人。


 なにより――と潜入用に準備した忍者服みたいな狩衣の上から侍女の衣装をまといながら、


「なにより――シズ姫の心が壊れてしまう前に、助けが来ていると知らせる必要があろ?」


 と笑う。


「まだ少女ぞ? おなごの身でたれの助けも来ぬまま、神仏の教えを裏切る“外魂げこんの玉”を作らされ続けてみよ?」


 これには根城でもポールさんや、太郎さんも黙ってしまった。ならば――と太郎さんから“言伝ことづての玉”を託されている。


「助けは来る――そう伝える意味はあろ?」

 そう言うと真顔にもどり「殿しんがりをまかすゆえ、心してかかれ」とだけ告げて、通用門へ走って行った。


 四月の夜となると結構冷える。

 外回りへ出る侍女の衣装も、三つ重ねのうち着、中着、外着の上から外套がいとう羽織はおるのがこの季節、一般的だ。

 もちろんこんな時刻に侍女が竜宮城の外へ出ることなどないのだが、認識を狂わせる隠遁いんとんの効果を生かすために変装をしている。


 それは――


「もし、もうし……」

 せつなげに通用門で声を上げるクロウさん。

 裏声を使うと、見た目の華奢きゃしゃな感じとこの年齢ならではの中性的な感じで、ぱっと見わからないんだよねぇ。この人。


「ん? この時刻に何用か……」

 と、諮問しもんする門番の顔がボォとだらしなく弛緩しかんする。

 うち着に潜ませた“惑わしの香”をモロに食らったようだ。もちろんこちらは“解毒の葉”を口に含んでいる。


「シズ姫さまのシャク(腹痛)抑えの薬のお使いで遅くなりました。ご開門を」

 と手に忍ばせたチップを手渡す。

 ついでに「波動――認識阻害……貴様は何も見ていない」と波動を放つのも忘れない。


「通れ……」


――――軽く会釈して難なく中へ。


「波動……夜眼やがん

 と呟くと目の奥に波動を流し込んでいく。

 詳しい理論はわからないが、たぶん視神経を強化して薄い光でも感知できるようになるんだろう。

 実際、月明かりぐらいしかないのにずいぶん明るく見えた。


「こう唱えると気分が上がるのぅ……」

 と楽しそうにクスリと笑う。

 

 懐から風呂敷を取り出すと、侍女の衣装をくるくると丸めて目指す壁側へひっそりと移動する。


 灯籠とうろうたもとへ押し込むと、内廷の建屋に近づきシコロで戸板をゆっくりとずらしていく。

 そのまま廊下へ滑り込むとスッとはりに飛びつき、蹴上がりの要領で屋根とはりの間に体をすべらせる。


 いやに慣れてる?


由紀ゆき神社のキヌ殿――どうしてるかの」

 と独りごちてる。


 夜這よばいで鍛えたらしい……。

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