第二十一話 ワルレー軍卿イラッとする

 コソコソ立ち去るオレたちの後ろから、カトー大佐が「監視をつけておけ。しばらく泳がせる」

 と小声で指示したのが聞こえたのは、波動のせいだろう。


――――その後。


「これ以上は危険です。早々に立ち去った方が……」

 と焦る侍女さん。

 

 クロウさんはフフッと笑い、

「逃げるように――かの? かえって怪しまれよう。監視もついてきているようだしの。このまま宮殿へ案内してたも」

 とふところからチップを取り出し手に握らせた。


 七郎(弁慶)さんは、また女子おなごの手を――とあきれ顔で。

 すぐに真顔にもどると、

「あのカトー大佐と言う御仁、恐ろしいつかい手でしたな」

 と厳しい顔になる。


「まぁ、抜け道を見ていたのを見咎みとがめられたんだろ。俺も“みむめも”ってやつよ」

 とショーミさん。

 

 これはわかるぞ! 

 

「「それって……」“ま”がぬけておった、と言うことでござるか?」

 と七郎さん。

「正解!」


 おうふっ……早押しかよ……。


「一つ気になることがあっての。あのカトー大佐って御仁がワシの顔を見て『渡来人とらいじんか』と申しておった。なんのことだろうの?」


「それは……」ショーミさんが、言いかけた時「しっ」と侍女さんが鋭く警告を発した。

 宮殿の入り口に侍女と『お切り手きりて』と言われる警護の女官が並んでいる。


 どうやらオレたちが立ち入れるのは入り口までみたいだ。


――――ここから第三者目線です。


 カトー大佐が向かったのは、ワルレー軍卿の執務室だった。


 コンコンッとノックをすると「入れ」と短い返事がある。ワルレー軍卿の青白い細い顔が、苛立いらだたしげにカトーを見据みすえた。


「カトー・タイゼン大佐。“ラの国”が使者をよこすのだそうだ。オトワニ女王を幽閉しているその“目的”と“真意”はなにか? と文書で問い合わせが入っている」

 

 もちろん、属国でありながら諸国へ交友と言う名の“叛意はんい”を正すため、と答えたのだが……と言いながら苛立いらだちを隠すように窓際へ歩いてこちらへ顔を見せない。


「良くない反応だよ。傀儡かいらいにできると思っていた“乙姫”を幽閉したんだからね。いよいよもって疑いの目で見てきている」


 と、明るさを増した陽光を浴びながら、指先でガラスをコツコツと叩いた。

「各所に証拠となる文書を集めさせたり、口裏を合わせるための工作に必死さ……。そんな僕になんの用事なんだね?」


 先代を早くに亡くし、軍卿としての役職の重みとクーデターを起こしたは良いが“ラの国”と向かい合わねばならない現実に、二十二歳を迎える青年には許容範囲をとうに超えた重積がのしかかっているのだろう。


 カトーは静かに敬礼すると「ネズミが三匹ほど紛れ込んでおりました」と、手短てみじかに報告する。


「それくらい君の権限でどうとでもすれば良い――と言ったハズだが?」

 そんな些細ささいなことでわずらわしい報告をするな、と言いたげだ。


「左様ですな。ですが二人“渡来人とらいじん”がまぎれておりました」


「“渡来人とらいじん”が、か?」

「間違いござません。かのタロウ・ウラシマに似た波動でございました」


「オトワニ(乙姫)の手の者か?」

「おそらくは……」


「さっさと始末しろ。レジスタンスの連中抵抗勢力を勢いづかすな」

 と手をヒラヒラさせる。


「奴らの狙いを探らなくても良いと?」

 カトーが憂慮するのはそれだ。潰すのは簡単だが、他にも“渡来人とらいじん”はいるのかも知れない。


渡来人とらいじん”の放つ波動は厄介やっかいだ。

 もっともタロウ・ウラシマの波動から推しはかるしかないのだが。


「しつこいぞ」

 とクルリと振り返るワルレーに怒気どきを感じたカトー大佐は、ピンと背筋を伸ばし見事な敬礼をした。

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