第十七話 波動開眼

 クロウ(義経)さんが二人抜きしたあと。

 七郎(弁慶)さんと太郎さんも二人ずつ相手をして、難なく退けた。


――で。


 太郎さんはすごかった。

 振るわれた木刀を、カンッと払うだけで相手が倒れてしまう。


「これが私の波動です」

 と、礼をしながら相手を助け起こした。


 クロウさん目をキラキラさせて

「面白いの! ワシにもやってもらえんかの?」

 と木刀を持ち出して太郎さんにいどみに行く。


「軽くで良いんじゃ、それっ」

 と突き出すとビリッと電気が走った。

「うばたっ」

 思わず木刀を放り出すとひっくり返る。感電した感覚に近い。


「ほぇぇぇ……」

 ひっくり返ったまま天井を見上げ「これが波動か……」とつぶやく。


 むくりと体を起こすと、不思議じゃの、とにっこり笑った。

 

「ワシは六歳のころから寺に預けられ、なぜ母様と暮らせぬのか? なぜ侍の子なのに坊主になれと言われるのか不思議じゃった。

 じゃが弱いからそうなったのじゃ。

 源氏もワシも弱くて負けたからじゃ、と思う。

 強くなりたい。

 ワシは強くなって、坊主や貴族にへつらう武士じゃのうて、その土地やそこに生きる人を守る武士が、胸を張って生きる世を見てみたい」


 それはまさしく冒険じゃの――と、唇をとがらせてむうっと考えている。

 

 クロウくん、ガバッと飛び起きると、

「ポール殿っ、皆の衆、冒険じゃ! 姫様を救い出して我ら本物の英雄となろうぞっ」

 と拳を突き上げた。


「「オウッ」」


 なぜか乗せられて拳を突き上げる十八名。


「さぁ、となればしっかり波動を覚えねばの」と、太郎さんを見る。

「教えてたも」

 

 と深々と頭を下げた。


――――で、その日の午後から。


「太郎殿――前に聞いた“渡来人”は波動が強いとか。あれはなんでかの?」


「それは――“渡来人われらの気”と“この世界の揺らぎやすさ”によるかと」

 と困ったように笑う。


「『気配がする』とか『気張れ』とかよく言うでしょう? 日の本は、日常的に争いがあふれております。

 武家は土地で争い、農民は水で争い、近所では態度が気に食わぬといさかう。

 自然、日々“気”をつかう下地があるわけですな」


 どうやら平安末期はそうだったらしい。

 

「“揺らぎやすい”とは?」


「こちらの世界は気が干渉しやすいのです。それで“揺らぎやすい”と。“揺らぎ”を大きくしたものが“波”。

 それを大きくしたり細かく動かして様々な物理現象を生み出す――それが“波動”です」


 そうなのか?

 確か各子振動かくししんどうとか言ったっけ? 元素や原子は振動してるとかのアレ。

 要するにその各子振動かくししんどうに同期させやすい世界ってことなんだろうか?

 異世界に行ったら魔法が使えるようになる、みたいな?


―――― で、真っ暗な蔵の中。

「視覚はあらゆる感覚と繋がっております。ゆえに視覚が効かぬところで波動を感じていただきます」

 と太郎さんの声だけが聞こえる。


「血が身体をめぐる音。空気のゆらめき――感じる事ができておりますでしょうか?」

 イケボでささやくように問いかけてくる。


 太郎さんがローソクに火を灯し近づいて

「これより私が微弱な波動を流します。それで波動の感覚をつかんでいただければ」

 とオレの手を取った。


 暖かな手のひらから、チリチリとした感覚が伝わってくる。低周波治療器みたいな? 

 心地よいしびれが手のひらから全身へ伝わっていく。


「感じる事ができたなら、このしびれをこちらへ送り返してください」

 と、灯りに浮かび上がるちょいワル親父が微笑んだ。


 チリチリとした感覚を、ゆっくり押し返して行く。

 押し返していく。押し返して――と、体の底からジリジリと湧き上がる感覚がある。


 パチンっと火花が飛んだ。


 仰け反る太郎さんが

「おめでとうございます。“波動開眼”にございます」

 と、おごそかに告げた。

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