第九話 “アの国”のこと

 荒屋あばらやにて。

 中に入ると物置きのようになっていて、その奥に立てかけた板がある。

 その板をトン、ドドンッと独特の拍子ひょうしで叩くと、床板がずれてひょっこり男が顔を出した。


「なかなか取れない肉は?」

 しばらく考えるポールさん。これはあれだ、なぞなぞが合言葉なんだ。

 きっと答えは贅肉ぜいにく


鶏肉とりにく

「正解!」


「遊びが過ぎるぞ」

 ポールさんの声に、テヘヘッと笑う男が地下への扉を押し上げた。


 はずず……(汗)


「取りにくいから、トリニクでござるか?」

 妙に感心してる七郎(弁慶)さん。

 やめて……すっごく恥いから。


 2LDKほどの地下室へ入ると、不思議なことに外と変わらないくらいに明るい。

 壁の四方に取り付けられたランプが、LEDも顔負けな照度で照らしている。


 その真ん中に長テーブルが一つ。周りを六脚の椅子が取り囲んでいる。

 勧められるままに、そのかたわらに荷物を下ろすとポールさんは少しホッとしたように笑った。


「さて難所なんしょは越えました。改めて我らの紹介を――我らは元、女王オトワニの近衛兵。今は追われる身であるがな――」

 悔しげに口を真一文字に引き締める。


 一体何があった?

 そんな目なざしに「まずは、わが“アの国”について、お話ししましょう」と話し始めた。


ーーーーその話。


“アの国”はいびつな逆三角形の形をした島国で、大きさは日本の本州くらい。


 対して海を隔てて大陸を支配する“ラの国”がある。

 当初“ラの国”とは交易を重ね、良好な関係だったんだそうだ。

 ところが、温暖な“アの国”の豊富な食糧や海洋資源に目をつけた“ラの国”が、従属を迫ってきた。


 強大な“ラの国”と争わぬよう、カタチだけ従属をすることにした“アの国”。

 そこを治めていたのが“アの国”の女王、オトワニ・ア・エアシャルルマーニ。通称“乙姫”ってワケ。


 彼女は“ラの国”以外とも盛んに交友を結び、絶妙な距離感を保ってきが、国内でそれを気に食わぬ奴らもいる。


 属国化に甘んじたものの、度重なる朝貢の要請に税は上がり、独立国の誇りは踏みにじられていく。

 そして年六度の朝貢をせよ――と“ラの国”からの要求に、貴族たちと民衆の不満は爆発した。


 その中心人物だったのが、ワルレー・ラブラトフ軍卿なんだって。

 クーデターとともに乙姫は幽閉ゆうへいされ、乙姫の娘、シズ・ア・エアシャルルマーニ(通称シズ姫)は拘束された。


 女王を警護する近衛部隊は抵抗むなしく、討ち取られるか捕らえられたらしい。

 乙姫の「タロウさまに助けをお願いして」との言葉に、ポールさんたちは脱走し、以後追われる身となった――と言うことだ。

 

 ワルレー軍卿は『“ラの国”に対抗する』と称して、神話の時代に封じ込められた“大妖たいよう ハデス”の復活を決めた。


 だが、それは禁忌きんき

 “大妖たいよう ハデス”は影を使役して、光を飲み込む闇のあやかしだった。

 その復活に欠かせない“外魂げこんの玉”を作れるのがシズ・ア・エアシャルルマーニ(通称シズ)ってワケだ。


幽閉ゆうへいされてるだけで、命の危険はないでしょ?」

 オレがそうこぼすと、ポールさんが強い口調で否定した。


「突然死はご存知だろう? “外魂げこんの玉”を一つ産み出すごとに誰かが死ぬ。

 心優しいシズ様は心を痛め、みずからのたましいを削って行くのです」


 なんですって?

 ランダムに命を取られるってこと?


「“大妖たいよう ハデス”を復活させなくても“ラの国”の牽制はできた。それをしないのは、ワルレーが強大な力を手に入れたいがため」

 そして――とオレを見る。


「この世界ばかりか、常世とこよの世界も手に入れる野望のためです」

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