第四話 伝説からの依頼

「浦島太郎でございます」

 照れ臭げに頭をくご老人に、オレと七郎は怪訝けげんな目を向ける。


「浦島太郎とは、浦島太郎殿でございますか?」

 

 オレはことさら丁寧な口調で尋ねた。

 浦島太郎の物語の発生は古く、『日本書紀』『万葉集』にも登場する。

 クロウ(源義経)も幼少期から寝物語に母(常盤御前)に聞かされたものだ。

 

 とはいえなにせ中世の世だ。

 ちょっとばかり頭のネジが外れたご老人がいても、気づかれないことが多いだろう。

 そんなオレの意図を汲み取ったのか、彼の苦笑いが深まる。


証明あかしとなりますかどうか……」

 

 と脇に置いてある風呂敷包みをこちらに差し出した。

 中をお改めください――とさらにこちらへ押しやられた包みを開くと、重箱ほどの小箱が。


「た、玉手箱でござるか?」

 

 七郎がつづら掛けに結ばれた結び紐を解こうとして「あっ!?」と声を上げる。

 

 浦島太郎が、ほほほと控えめな笑い声を上げると

「もう老化の煙は出ませんほどに」

 と自ら紐をほどいて中を見せてくれた。中には野球ボールほどの水晶の玉が、おが屑に包まれて置いてある。


言伝ことずての玉でございます」


言伝ことずての玉ですと?」

 

 七郎のわかったようなわからないような顔色に、浦島太郎と名乗るご老人は「左様」とうなずき、水晶へ手をかざす。

 すると水晶から光が立ち上り、光の中に羽衣を纏う美しい婦人が姿を現した。


 3Dかよ?!

 

 まるでSFの世界を観る心地で、投影される婦人を見入ると、投影された婦人が語り始めた。


「我が君、我が君――。

 聞こえておりますでしょうか? 薄情にもわらわを捨てて、地上へ戻られさぞがっかりされておりますでしょう」

 

 漆黒の黒髪を後ろへ流し、両横の髪を後頭部あたりで横にした♾️の字にくくり、残りを腰まで垂らしてある。

 

 きめ細やかな白い肌に、背丈に比べて小顔な割りに妖艶ようえんな唇が残酷な言の葉をつむぎ出す。


「はや貴方さまの想い人は過去の人となっておりましょう。

 親が恋しいなどと申されましても、わらわにはわかっておりました」


 ええと――? どゆこと?


 浦島太郎と名乗るこのご老人は、「親が恋しい」と帰郷を申し立てたが、実際は二股かけていた他のご婦人への懸想が募って帰郷したってこと?

 

 当の浦島太郎殿を見ると、所在なげにどこそこ目線を彷徨さまよわせている。


 言伝の水晶から浮かび上がるご婦人が続ける。

「ご報告がございます。三年の蜜月を過ごしたあの麗しい日々で赤子ややこを授かりました。名をシズと申します」

 おくるみに包まれた赤子が大写しになる。


「おお、これは可愛い姫君ですな」

 

 七郎(弁慶)が眉をへの字にして目を細めた。

 生後三ヶ月くらいだろうか? つるんとした柔肌に線で引いたような眉。

 水晶が珍しいのか、ぱっちりとした黒目がちの瞳を見開いてこちらへ小さい手のひらを差し出している。


「それが育ちましてな」

 と太郎が言うと場面が変わる。


 座敷牢なのかな。

 後ろに格子のハマった窓。入り口にも格子状の柵がはめこまれており、その中の物憂ものうげな少女が映し出される。


 美しく育った娘は十五、六歳くらいだろうか。

 逆卵顔のつるんとした白い肌に、細い筆で描かれたようなやや茶色がかった眉の下に黒めがちな瞳。

 ツンと尖った鼻筋の下にはぷるんとした唇が品よく収まっている。

 

「ワルレーに“外魂げこんの玉”を作らされているの。このままだとあの大妖たいようハデスがよみがえるわ。パパ――助けて」

 と切ない表情で告げた。

 

「げぇっ?!」

 

 思わずのけぞったオレを七郎はいぶかしげな目で見ている。


「お願いがございます」

 渋面をした太郎が切り出した。


 次は12:00に投稿します。宜しくお願いします🙇‍♀️🙇‍♀️

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