第三話 伝説との出会い

 遠くから森を駆け抜ける風の音が聞こえ、近くからは行商人らしき一団の、声高こわだかな話し声が聞こえる。

 

 太陽が天中に登り、朝方の冷え込みはどこへやら。

 少し肌寒いくらいの心地よい陽気だ。

 

 関所を越えて安堵したなのからなのか、

 どこそこの仲買バイヤーの目利きが良いだの、最近イワシがよく取れるから仕入れは良いが売りが安くて困るだの、さかんに情報を交換しているのはネットのない時代ならではなんだろう。


 ここは若狭の国(現代の福井県)と京の都を結ぶ通称“鯖街道さばかいどう”。

 現代では国道何号線だったかと思うのだが、さして興味がなかったから知らない。

 

 春の霞も昼にはキレイに晴れ、夕時に差しかかると“御食国みけつくに”の呼び名に相応しい立ち昇る夕餉ゆうげの煙に胸が躍った。


 “御食国みけつくに”とは朝廷に海産物を納める特別な呼び名の地域で、若狭わかさの国もその豊富な海産物から“御食国みけつくに”の呼び名をたまわっていた。



「さて、街に入ったら宿をとるか?」

 

 七郎(弁慶)へ声をかけると、すでに準備はござるからそちらへ、と宿坊からの返事なのか紙っピラを見せて来た。


 返信元を見ると『真宗・妙光寺』とある。


「また精進料理かよぉ」

 

 不満げに頬をふくらますクロウ(義経)に、七郎(弁慶)は「仏のお導きにて」ととぼけた顔をしてやがる。


「せっかくの“御食国みけつくに”だぜ? アワビや鯛が手招きしてるってのに、菜葉の漬物ばかりじゃ腹はふくれまいよ」

 と不貞腐ふてくされてクロウ(義経)はぶー垂れている。


 なにせ育ち盛りの十五歳だ。

 気持ちはわからなくもないが『源義経』が、急に人間臭く思えた。


「明日にはくだんの客人(日下部氏くさかべしの縁者)が寺に参るとの連絡もあり申した。遊びではありませんぞ?!」

 と小声で叱ってくる。


「美味い飯と女子の柔肌に、日々の憂さを晴そうと思っておったと言うのに……」

 

 それも叶わぬかよ――とこの間までガキだったやつがなに言ってんの? と思う愚痴をこぼしていた。

 

 モテていたとは伝わっていたが、もう十五でD卒業脱童貞してんの? 

 まぁそれも現代人の、しかもボッチなオレの感覚なんだろうけどさ。


女性にょしょうは男子のきもを溶かすと申しまする。大願をお忘れなきように」

 七郎(弁慶)はギョロリとオレを睨み、スタスタと先を歩いていく。


「硬いヤツじゃのぉ」

 聞こえよがしに嫌味を言いながらスゥと早歩きで七郎(弁慶)を追い越した。


軽身術けいしんじゅつでござるか?」

 あわてて七郎(弁慶)も追い縋ってくる。

 鞍馬寺に毎日押しかけて来て『修行でござる』と稽古をつけてくれた鴉天狗直伝からすてんぐじきでんの技だ。

 もっとも鴉天狗に身をやつした源氏の郎党だったのだが。


「男子の胆どころか足腰も萎えたか?」

 とせせら笑うオレに

「ならば荷物を拙者に全て預けているのは、いかがなものかと存じますがなっ」

 と腹立たしげに追い越していく。

 そんな有り様だから、予定より一刻二時間も早く妙光寺に着いた。


◇◇◇


 美味くもない夕食をとり、一晩泊まった翌日の昼。


筒川嶼子つつがわしまこでございまする」


 平伏する老人に、だれなんだよ? と固まっている。

 粗末な身なりだが一つ一つの動作に隙がなく、品さえ感じる。

 

 そのままその目線を七郎へ向けると『拙者も詳しくは……』とおぼつかない。

 その目線に気づいたのか、ご老人はニコニコと面を上げた。


「おう、ご不審もしかしかり」

 と改めて居住いを正す。


「普段は通称で通しておりますゆえに。私めが通称“浦島子”……浦島太郎でございます」

 と面映おもはゆそうにしてる。


「「浦島太郎?!」」


 七郎(弁慶)もオレ(源義経)ものけぞったのは仕方のないことだろう。


 ここまでご覧頂きありがとうございます。もし面白いと思っていただけたらレビューにお星さまをください!

 泣いて喜びます🥲

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