第二話 我が名はクロウ

 見上げる天井には黒々としたはり(大黒柱から伸びる横支柱)がある。


「どこ……?」

 いやいや、ここは『見知らぬ天井……?』なのかな――意外と冷静なのはWeb小説で読み漁った異世界ものの影響だ。

 農家の納屋みたいなところで少し獣くさい。


「うーむ、確かにオレは目が覚めて歯を磨いて……」と記憶を辿たどっていた時だ。

 ブルルッ、と獣のいななきが聞こえた。


「うぇいっ!」

 小馬鹿にしたように馬がひずめで足元をいていた。


 なんで馬がいる? その前にここはどこ?


 少なくともオレのいたボロアパートじゃない。(大家さんごめんなさい)

 ちょっぴり「ステータスオープン」とつぶやいてみるけど、何も出ないかぁ……。


「お目覚めでございますかな?」

 引き戸がガラリと開けられ僧兵姿の巨漢が顔を見せる。


「誰……?」

 ってなるでしょ?

 

「寝ぼけておわすか? もうそろそろ、ここを立ちませんと、若狭わかさの国に到着する頃には夜になってしまいますぞ」

 

 Vの字に吊り上がった太い眉毛に、顔の中心にあぐらを描いたような団子鼻。

 口元は浮世絵で見たようなひげで覆われた巨漢。絶対、こいつヤバい奴だ。


「だ、誰?! アンタっ」

 警戒心マックスで見ると、巨漢は困ったようにVの字の眉毛をへの字に折り曲げた。


「クロウ殿、クロウ・ホーガン殿、またでござるか?」

 その僧兵はいやはや困った、とため息をついた。

ってなに? クロウって誰?


「オレは蔵人くろうどなんですけど……中村蔵人なかむらくろうど。どちら様?」と、精一杯の愛想笑いで尋ねてみた。

 

「クロウ殿……本名でお呼びした方がよろしいですかな?」


 は?! とほおけたオレの顔を見て例の巨漢は、はぁとため息をついた。

 

「良うござる。これより本名でお呼び奉りますゆえに」

 コホンッと咳払いをしたのちに深く深く腰をたたんた。


源義経みなもとのよしつね殿……九郎判官義経くろうほうがんよしつねどの――これで良いですかな?」

 

 チラ見でこちらをあおぎ見る巨漢に、「すまんの、七郎……いや、坂東弁慶」

 

 と笑いを押し殺した言葉が滑り落ちた。

 どうやら元服した嬉しさに、無邪気に本名で呼ばす悪戯いたずらをしていたらしい。

 

「若、清盛(平清盛のこと)の監視も厳しいゆえに、道中は仮名のクロウ・ホーガンとお名乗りを。ワシは七郎と名乗りますゆえに」

 とは旅立つ前に取り決めた設定だ。


 え? なに言ってんのオレ。

 って言うか、源義経? なんなの? どうなってるワケ?


「す、すみません。顔を洗いたいので手桶に水を…」

 と頼むと

「む? しばしお待ちあれ」

 と素直に井戸水を満たした桶を持ってくる。


「なにこれ?」


 そこにはシュッとした色白の若者が映っていた。


 甘いフェイスアイドル系?


 尖った顎に逆流線型な顔。細い眉毛の下には涼やかな二重瞼、鼻立ちはどこぞの二枚目俳優みたいなとんがった鼻に、優しげなカーブをえがく唇。


 これがオレで源義経なのか?


 オレがあたふたしてる間に、弁慶は懐から竹の皮に包まれた握り飯を取り出した。


うまやを貸してくれた寺の住職殿が、朝飯を分けてくださってな。持つべきものは同門の徒でござる」

 

 ホクホク顔の弁慶と名乗る巨漢がいじまし過ぎて、

「なに、あれだけ布施を積めば飯ぐらい出すだろうさ」

 と軽口がするりと出てくる。

 

 なんなの? この既視感。すでにオレはこのゴツいおっさんと結構な年数を過ごしており、軽口を叩けるような信頼関係にあるらしい。


 グルグルと疑問が渦巻く中、今の俺と別の記憶が流れ込んで来た。

 これって憑依ひょうい? 義経に憑依ひょういした? 

 

 我が名は源義経みなもとのよしつね――打倒平家の宿願を果たすため承安四年(1174年)三月三日に元服した――ようだ。

 今は四月十日、十五の春。


 義父の一条長成いちじようながなりのツテで奥州(今の岩手県のあたり)の当主藤原秀衡ふじわらのひでひらの庇護を求めて下る途中、若狭の国に住む日下部氏くさかべしの縁者へ使いを頼まれ、路金も義父が出してくれた。


 だから布施もたんまり渡せたわけ。

 もちろんコレには口止め料も入っている。次々と疑問の答えが見つかるから余計に混乱する。


「いざ行かん」

 オレの混乱とは裏腹に、クロウ(義経)は七郎(弁慶)から握り飯をひったくると歩き始めた。

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