クロウさんは冒険しないと気がすまない?! 義経と浦島太郎が出会ってしまって冒険へ巻き込まれる竜宮アドベンチャー

カダフィ

第一話 始まりはいつも甘い調べ

 また夢を見ている。

 昼と見紛みまごうばかりの月明かりと満天の星空。


 そよそよと吹き寄せる風が草原の香りを運んできて心地よい。


 またいつものように大きく伸びをすると、東屋あずまやを振り返る。

 風のささやきに似て、伸びやかに響いてくる二胡にこ(中国の弦楽器)の、切なく甘い調しらべに耳を傾けた。

 

 それに乗せて鈴を振るような少し鼻にかかった歌声が聞こえる。


「君が胸に……かれて 聞くは――」


 オレはこの春大学に入ったばかりで、その古風でやたらと風雅な曲調には縁がないが、それでも身をゆだねたくなるしっとりとした歌声。

 

 しばらくその歌声に聞き入っていると、不意にその歌声が止んだ。

 不審に思ったオレは東屋あずまやへゆっくりと歩み寄り、ろうそくに揺れるほのかな灯りに浮かび上がる彼女の名を呼ぶ。


「シズ……どうした?」


 呼びかけられた少女は長いまつ毛に憂いを帯びた目で、ああ……と切げな声を上げた。

 

 逆卵顔のつるんとした白い肌に、細い筆で描かれたようなやや茶色がかった眉の下に黒めがちな瞳。

 ツンととがった鼻筋の下にはぷるんとした唇が品よく収まっている。

 

 年のころは十五、六?

 ゆっくりと動き始める唇からこぼれ落ちる鈴を転がすような声が、全ての音を消した。


「助けて……」

 音声の途切れた世界に、その赤い唇からこぼれた哀願がオレの胸をえぐる。


 そこでいつも夢は終わる。


 ◇◇


「ああ……またあの夢か」

 

 寝起きのボサボサ頭を手でで付けて、歯磨き粉で口中を泡だらけにしながらぼんやりと考えた。

 一体あれはなんなんだろう?

 

 ここのところあの夢ばかり見るようになった。新生活のストレス? それとも欲求不満?

 グチュグチュ口をすすいで、ぺっと吐き出した後で鏡に映るオレに、歯をむき出す。


「妄想彼女かよ……年齢イコール彼女いない歴ってどうよ? やっぱ欲求不満リビトーがオレをむしばんでるぅぅぅ」

 

 ガシガシ髪をかきむしって、どのみち人に話せる内容じゃないよね――とため息をつく。

 おっとごめん、自己紹介がまだだったよね。


 オレは中村蔵人なかむら くろうど、今年大学に入りたての十八歳。

 

 灰色の受験を乗り越えて、仏教系の私学に入学したばかりだ。

 将来は教員(公務員)を目指している。

 

 僧侶の資格をとっておくと、教員採用試験に有利になると聞いて受験したんだ。

 離島で住職の居なくなった寺院でのご奉仕(主に葬式なんだけど)を期待されて有利になるらしい――と、親から言われた通りに進学したんだけどね。

 

 ボーッとした眼差しと、天然パーマの黒すぎる黒髪。

 ちょっとは整えたら? と母から突っ込まれるゲジゲジ眉毛。

 

 ツンととがった鼻筋は母似だ。

 薄い唇は父に似ているとよく言われる。

 顔立ちはお前――飛車顔だよね、とよく揶揄からかわわれる逆五角形。

 中肉中背の陰キャ――これがオレ。

 

 教養課程のクラスでは、人見知りしてる間にあちこち出来上がるグループに取り残され、立派なボッチくんだ。

 はぁぁ〜っ、とため息も出ようってもんだろ?


 昨夜の夢を見始めたのは、浜辺の清掃ボランティアで拾ったあのガラスびんをもらってからだ。

 ワインびんに似た少し青みがかったその口は、ロウでしっかり固められ、中にはビー玉のような白い球体が収まっている。

 

 どう考えても、ガラスびんの口径よりも大きなビー玉(?)が入っていたので、不思議に思ってもらってきたものだ。


 呪物ヤッベェのをひろっちゃった?

 捨てた方が良さそうだな――とゴミ出しカレンダーを探し始めた時。


 リーーーンッと鈴を振る音が聞こえた。

 振り返ると、謎のびんが震えている。

 ん? それを手に取ろうとした時、目の前が真っ白な閃光に包まれた。

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