遠い彼へ

友川創希

本文

 ――彼は本当に遠い存在だ。


 『テーマは私と彼をモデルにした小説。以下の記述は主人公である彼の性格(彼の性格そのものだな笑)。


 自分が大変な状況にあっても周りへの気配りができる。様々なことに対して熱心で、頑張り屋。しっかり者』


 ペンが止まらない。止まりそうにない。言葉の世界に吸い込まれていく。まだ主人公のイメージしか書いていないのに、この物語の最後の世界まで見通せる――そんな気がする。


 というか、なんだよこの主人公、いい人すぎるじゃないか。私にとって彼は、本当に雲の上にいるかのように遠い存在ということだろう。もちろん、決して完璧人間な訳ではない。でも、学校の宿題をよく手伝ってくれたし、係の仕事がうまくいかない時の相談相手になってくれたし……まるでお兄ちゃんみたい。


 常に私の傍には彼がいたのだ。


 彼の遠いといえば他にも――


 そんなこの小説の主人公のモデルとなっている彼と私は、幼馴染ということもあって、休みの日には近くのショッピングモールで買い物をしたり、花が綺麗に咲く近くの公園に行ったりしてよく遊んでいた。でも、彼には一つ秘密があったのだ。


「雨だから、今日も無理か……」


 今日も辛い。


 秘密、それは彼は雨の日は外に出られないということ。


 雨の日に外に出ると、その時にもよるけれど、激しい頭痛がしたり、時には熱が出たりと何らかの症状が出てしまうらしい。学校のある日に雨が降った時は親が送ってくれたりするみたいだけれど、休みの日で雨が降った時は、親の仕事の都合で送ってもらうことが難しいようだ。だから私たちが遊べる休みの日は、晴れの日に限られる。


『――明日以降も全国的に雨の日が続き、連続降水日数を超える地点が多くなる見通しとなっています。お出かけの際は明日も大きめの傘が必須となるでしょう』


 そんな秘密を持つ彼と最近会うことができていない。理由はいくつかあるけれど、そのうちの一つが、雨の日が続いているということだ。ここ最近、天気予報では毎日のように「雨」という単語が決まって使われる。


 数週間に1回雨がしとしと降るのなら、まだ我慢することができるけれど、流石さすがにこうも毎日雨が降られると、どうしても心が沈んでしまう。


 今の時代、会わなくてもSNSというものはある。だけど、彼の近くにいることで感じられる感情とかは、これだけでは全てを感じることはできない。それでも私たちは、頻繁に連絡を取って少しでも会った気分になろうとしている。こうでもしないと、彼がいなくなってしまわないかと不安になってしまうのだ。


『今日も雨だね、、、早く晴れないかな』


『早く晴れてほしいよ! 心が葛藤してる』


『うん、ほんとにほんとに晴れてほしい! ていうか、私またドジなことしちゃって料理作ってる時、塩と小麦粉間違えちゃったんだよね(笑)』


『え、砂糖とかじゃなくて小麦粉(笑)! 逆にすごいかも!』


『うん、今度からは気をつける!』


『そういえば、小説の方はどう? 進んでるの?』


『今、進んでる! ほぼ私たちの関係を書いたノンフィクションみたいな感じだけど。今度見せたいな!』


『楽しみ! 一番に読ませてね!』


 こんな風に会話の弾んだラインの中でも、彼は常に私のことを大切に思ってくれるし、気遣ってくれる――それが彼なのだ。




 ――ピピピピ、ピピピピ。


 今日も目覚まし時計に起こされる。体がいつもより軽い――何かいつもと違う感覚がした。光を感じる。


 ふと周りを見渡すと、カーテンの隙間から希望の光のようなものが漏れ出しているのに気付いた。


 ――晴れだ。


 久しぶりに太陽が空から降り注いだ日は、私の心が太陽以上に鮮やかなオレンジ色に染まった。思わず叫びたくなるほど嬉しかった。


 スマホのニュースを見ても、『全国的に久しぶりの晴れ』などという記事が多く投稿されている。


 その晴れに押されるように、私は書き進めていた小説のラストを思いついた。ここは私たちの少し未来の話。半分言えば今後、こうなりたいと思う希望だ。気持ちいいぐらいに手が動く。


「――よし、できた!」


 小説を書き終えると、次、晴れる日がいつ来るのかなんて分からないし、早速その小説とを手に持って、彼と出かけることにした。行きたいところは沢山あるけれど、今回は近所の神社に行くことにした。小さい頃はこの神社でよく待ち合わせをしたので、私たちにとって思い出深い場所だ。


 ――ミーンミンミンミン。


 歩いている途中、そんな音が耳に入り込んだ。これは蝉の音だ――懐かしい。普段は蝉の音なんてうるさいと感じるけれど、久しぶりに聞くとなんだか心地よく思えてくる。人の心って不思議だ。


 神社は初詣とかの季節ではないので、風に揺れた木の葉がまるで私たちにあいさつしてるかのような優しい自然の音色を奏でていたりと、周りから様々な音がよく聞こえ、心の中にゆっくりと吸収されていくようだった。


 まずは、お参りからだ。


 私は財布から1枚硬貨を出す。そして、それをお賽銭箱の中に投げた。


 ――どうか、どうか……。


 私はそこにいるであろう神様に向かって、強く強く願った。どうか、私の願いを叶えてほしい。もちろん、私もその願いに対して努力するから。彼のように努力をするから……。


 よし。


 十分に願い終わった後は、私はせっかく神社に来たんだし、おみくじを引くことにした。どうやら彼は、今回は引かないみたいだった。でも、特にどうして? とか理由を聞くことはしない。


 この神社のおみくじは、おみくじ箱から引く方式なので、私は100円を納めた後に、手に持っている家から持ってきたと小説をカバンの中に入れた。それからおみくじ箱にゆっくりと手を入れる。彼なのかは分からないけど、何かに導かれ、私は1つのおみくじを迷わず箱の中から取り出した。前回のおみくじはたしか小吉だったから今回はもう少し良い結果を期待したい。


 私は引き上げたおみくじをそっと広げる。


 ――大吉。


 今日の朝、書いたばかりの小説のラストの部分と全く同じだ。神社に行って、大吉を引いたというシーンを書いたのだ。


「えっ、やった!」


 その結果に思わず神社だということを忘れて、少し大きな声を出してしまった。そのことに気づいて、慌てて口を抑える。


「なんか言ってよ……」


 私はポケットに閉まっていたを取り出してから、彼の方を見たが、特に何も言うことはなかった。なにか言ってくれないと、恥ずかしいじゃん……。


 でも、この彼の微笑んでる表情から、優しく見守ってるよとかいうことを言っているのだろう。


 私は早速、おみくじの内容を読むことにした。この瞬間が一番ドキドキする。祭りでくじを引いて何等が当たるか……そんな時みたいに。


 おみくじの内容には色々書かれているけれど、私が一番気になるのはやはり「恋愛」の部分だ。


 そこには、次のように書いてあった。


 ――自分から、想いを伝えればきっと相手に伝わる、と。 


 自分から想いを伝える……。


 それは決して簡単なことではないのかもしれない。


 でも、私には、恋をしている人がいる。


 いや、恋をしてしまった人がいる。


 ――それは、彼だ。


「そう言えば、この神社で君と出会ったんだっけな。私がお母さんに叱られてここにいた時、君が見つけてくれて頭をなででくれた……それが始まりだったっけ。その後も、失敗したとき私はよくここに来て泣いていたけど、いつも君に見つかって、君は色々話を聞いてくれたな――」


 こんなことされたら、好きになれない理由なんてない。人生を何度やり直しても好きになってしまう。


 だから、私はそんな彼に自分から想いを伝えたい。今、決意がついた。


 でも、その前に――


「あのさ、私がさっき、神社で何をお願いしたか分かる?」


「……」


 彼は無言だった。そうだよね、分からないよね。そう思って、私から答えを言う。


「私がさっき願ったことは、引っ越してしまった君が、その場所でも頑張ってますように、そしていつかまた会えますように……だよ」


 そう言いながら私は彼――いや、違う、彼の代わりである引っ越す前、彼から最後にもらったうさぎのぬいぐるみを見た。家から持ってきただ。だから、さっきから私は本物の彼ではなく、彼の代わりとお出かけしていたのだ。というのも彼は少し前に自分のやりたいことができる高校に行くため、遠くに引っ越してしまった。どうしようか彼は悩んでいたけど、努力して夢に近づく彼を私は応援したんだ。


 なので、代わりの彼は何も喋ることはなかったし、おみくじを引くことすらしなかった。でも、その彼もきっとここで何かをお願いしていたに違いない。私にはそれが分かる。


 彼の遠いといえば――彼の存在だけでなく、今、彼のいる場所も遠いということ。


 これが、雨が続いていること以外で会えない理由だ。


 でも、今から会いに行こうと思った。


 もう、今しかないんじゃないだろうか。想いを伝えるなら、今だ。


 晴れているのは今だ。


 今朝の私だって、書いたじゃないか。その小説に。そして、彼と一緒にその小説を読みたい。


 私は彼のSNSを開いた。そして、ためらうことなく文字を打った。何も怖いとか、恥ずかしいとかそんな感情はない。むしろ早く会いたい。


『今から、会いに行くね。伝えたいことがあるんだ』


 それを送ってから私は一瞬、今の自分の心そのものを表しているかのような青空を見上げた。私の瞳には雲が1つも映らない。ただ、太陽がずるいぐらいに眩しいだけだ。


 そして、そのまま目を閉じ、彼の姿を思い浮かべた。そこには、優しく微笑んでいる彼がいた。私が恋をした彼がいた。


 それから、私はその心の中にある感情を頼りに最寄りの駅に駆け出した。周りの空気を吸い込みながら。


 彼へ想いを届けるための旅に、私は出る。


 私の書いた小説の最後の一文はこうだ。


『好きです』


 物語はここで終わっている。


 だから、この小説の続きを今から創りにくのだ。


 きっと―― 

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遠い彼へ 友川創希 @20060629

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