第6話

ピー、ピーピヨロ

 「いた・・・」

 それ程大きくない平原だったが、個々の住む動物たちには危険な場所ではあるが、十分の気休めの場所に違いない。樹林が切れている。太陽はちょうど真上辺りにあり、心地よい暖かさが感じられた。

・・・のだが、彼らにとっては、ここが闘いの場所になってしまった。それは、彼らの敵が選んだのである。

「だが・・・あいつは・・・」

龍作には気になることがあった。

(なぜ、ここを選んだ・・・?)

のだ。

 龍作は空を見上げた。眩しい・・・。

 イヌワシが大きな羽根を広げて、舞っていた。

「どうやら、ここを・・・」

闘いの場所と決めていたようである。

 「ああ、いたな。あいつ、ここで何をする気なのか?おい、お前たち、気を抜くな」

 「は、はい」

 定丸勇樹は背伸びした。

 「門山警部補、ランを見失わないで下さい」

 「えっ、はい」

 九鬼龍作はイヌワシと互角以上に闘えるのは、ランしかない・・・と決めているようだった。ランはすでに空を舞うイヌワシを追っていた。

 「イヌワシの動きにも注意してください。私たちを狙っているようです。いや・・・違う。ビビ・・・だ」

 「ああ・・・そうだ。あいつの眼は、あの黒猫だ」

 定丸勇樹も空を飛び回るイヌワシに眼を奪われている。

 この瞬間・・・

 イヌワシは急降下を始めた。

 ビビは襲い掛かる危険な気配に気付き、走り始めた。

 イヌワシはビビに眼を付けている。

 「やはりか!」

 「あいつ、ビビちゃんを狙っている!」

 ビビは今八重山みつから離れている。龍作はビビの動きに注目し、同時にイヌワシにも眼をみはった。ビビもそんなに場がではない。

その時、イヌワシが急降下をし始めている。

 「いかん」

 ビビもその気配を感じ取ったから、右に左に逃げ始める。

 「ビビ!」

 イヌワシは狙った獲物は外さないようだ。その自信もあるようだ。このままではビビはイヌワシの鋭い足に捕まってしまう。

 「ビビ、敵は上だ。寝ころべ・・・」

 龍作は叫んだ。

 瞬間、ビビは龍作の指示通り、身体を倒し、上を向いた。  

 「ビビちゃんが・・・」

 みつが叫んだ。

 (ビビがあいつに捕まる・・・)

 次の瞬間・・・

 ビビはイヌワシの鋭い足の餌食になった。そして、そのまま空に舞い上がった。

「ラン!」

 龍作はランに助けを求めた。

 「ワン・・・」

 こう一声をあげると、ランはある場所に向かって走り始めた。

 「何をする気だ、ラン」

 そこにはつい数時間前の夕立の時に雷が大きな大木に落ちた樹木が倒れていた。幸か・・・完全に地面に倒れてしまったのではなく、樹木で引っ掛かっていた。

 その黒焦げた大木を一気に駆け上がるラン。

 「間に合ってくれ」

 この間、ビビは捕まったのだが、機転を利かし、その瞬間体を上向きにしていたので、イヌワシの足に噛みついていた。

 (あいつ・・・執拗に暴れているのか・・・)

 ランは倒れ掛かった大木の頂上まで来ると、イヌワシ目掛け、宙に飛んだ。暴れているのでイヌワシはバランスを崩し、自由に飛行できないでいる。

 「よし!」

 ランはイヌワシの大きな羽根に食いつき、地上へと落下していく。ランとビビとイヌワシは地面に落下した。イヌワシは激しく羽ばたき、急いで体制を立て直し、再び空に舞い上がろうと悶えている。

 ここで、龍作は、

 「ラン・・・もういい。離れろ・・・」

 これ以上の闘いはする必要もなかった。この勝負はついたのである。龍作はそう思ったのだ。

 「勝負は・・・ついたのだ」

 呆然とするイヌワシは、龍作を見つめた。

 また龍作もそんなイヌワシを見つめている。

 傷付いているイヌワシ。

 飛べるのか・・・いや、飛べるはずだ。

 その悠然とした姿は、まだ闘いは終わっていない、といいたそうだった。

 「あいつ・・・何をしようとしているんだ!」

 こう思った瞬間、龍作は何かが襲い掛かって来る危険な気配を感じ、周りに気を配った。

 「あっ・・・」

 龍作が気付いた時には・・・もう遅かった。

 生い茂る雑草に隠れ、この様子を見ているものがいた。例のイノシシである。身体を低くし、その機会を待っていたのである。

 そして、その時が来た・・・と思ったのか、イノシシは身体を起こし一気に突進してきた。

 初めに気付いたのは、八重山みつであった。

 彼女は背後に危険を感じ、振り向いた。だが、その時には・・・もう遅い。イノシシは、そこまで来ていた。

 その瞬間、イヌワシは一気に急降下し、イノシシを目掛け、急降下し始めた。その鋭い足で持ってイノシシの背中をつかんだのである。そして、空に飛び上がろうとしたのだが、なにせイノシシの体重が重い。

 みつはビビを抱き、座り込んでいて、イヌワシとの闘いに眼を奪われていた。ところで、勇樹たちはどうしたのかというと、ただ見ているしかなかった。彼の子分たちは怯え、ガタガタと震えている。

 ランはイノシシに吠え続けていて、今にも飛び掛かって行きそうな態勢でいる。

 龍作はというと、イヌワシの動きに眼を奪われていた。

 (こいつは・・・ただものではないな)

 そういう印象を抱いていた。

 イヌワシは一旦上昇し、態勢を立て直し、そして再びイノシシに向かって再び急降下を始めた。イノシシの方はビビに集中していて、再び突進し始める。二度と同じ過ちをしないつもりなのだろう、イヌワシは羽ばたきながらイノシシの背中を鋭い嘴で攻撃を始めた。そう・・・何度も何度も急降下を繰り返して・・・だ。

 これにはイノシシも堪らずに、辺りをくるくる回り始めた。

 そして、ついにイノシシは再び樹林の中に逃げて行った。

 「やったな。あいつ、大した奴だ」

 勇樹は飛び上がって喜んでいる。子分たちはただ茫然と見ているだけだ。

 「ビビちゃん、良かったね」

 みつはビビを強く抱き締めて、この喜びを味わった。

 イヌワシは羽根を羽ばたかせ、龍作と睨み合っている。

 「ふ・・・ふふ」

 龍作は笑みを浮かべた。

 「お前は・・・いや、お前にも守るべきものがあるのか!」


この時、

ピーピヨロ・・・

 何処からかもう一羽のイヌワシが飛んでくるのが見えた。

 (もう・・・一羽いたのか)

 よく見ると、何か大きなものを足に掴んでいる。

 「あれは・・・加代ちゃん・・・生きていたんだ」

 八重山みつは叫んだ。何度も加代ちゃんだ、と叫び続けている。彼女の眼からは涙があふれ出ていた。

 「叔父さん・・・」

 みつは勇樹に嬉しそうな眼を向けた。

 「ああ、そうだな。良かったな。あいつの仲間なんだな」

 いや、そうではなかった。

 「夫婦なんだな」

 どうやら番のようだった。

龍作もイヌワシも互いにめを逸らさない。言葉は交わせないのだが、どうやら意思の通じ合うものがあるようだった。

 加代はもう一羽のイヌワシにより地上に下ろされた。

 ピー、ピーピックル

 マゼンダ色の変わった鳥だ。ピックルだ。

 「お前・・・」

 龍作はピックルが現れたことにびっくりした。どうやら龍作の知らぬ所で、ピックルが動き回っていたようだ。

 ピー、ピーピヨロ

 雌のイヌワシの誘いに、雄のイヌワシが空に舞い上がった。

 ピー、ピーピックル

 ピックルは雌のイヌワシの背に乗り、何処かに向かい始めた。

 「そうか、私の館の裏山には岩山もあるし、イヌワシが生活するのに適した場所に違いない。そこへ連れて行く気だな」

 やはり、九鬼龍作の館の向かうようだ。どうやらピックルが館の裏山まで案内をするようだ。

 「頼むぞ。ビックル。そこは・・・」

 そこには、彼らにとって新しい棲み処があるはずである。

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九鬼龍作の冒険 イヌワシへの尊厳 青 劉一郎 (あい ころいちろう) @colog

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