第2話
放課後、その日は部活だった。部活というか、部活より下の「同好会」ってやつで、マンガが好きな連中が集まって作った
「マンガ研究会」。好きなマンガを語ったり、真似して描いてみたりしている。
一応、俺って見た目はそんなに悪くないと思うんだけど、「マンガ研究会に所属している」
ってことが世の中的には「暗い」と思われるのか、女の子にはあまり縁がない。
親友というか悪友の友洋もマンガ研究会で、こいつは実際ぼそぼそしゃべるし、あんまり笑ったりしなくても見た目は暗いかもしれない。二人揃って暗いコンビ、とか思われたくないとは思っているが、女の子にモテるために部活を変えるとか、キャラを変えるとか、そういうことは考えていない。
俺が座ってズボンのすそをめくり、絆創膏を貼った傷口を確かめていると、同じマンガ研究会の尾崎未耶(おざき みか)が声をかけてきた。
「深水くん、どうしたの?」
未耶ちゃんは友洋の幼なじみだ。友洋が俺に代わって答えた。
「あらいぐまに噛まれた」
「は?」
当然未耶ちゃんは怪訝な顔をする。
「友洋くんは黙ってて。どうしたの?深水くん」
俺に訊き返してきたが、俺も答えは一緒だ。
「あらいぐまに噛まれた」
あっけにとられる未耶ちゃんに、友洋が説明した。
「昼休みにボールを追いかけて花壇に入ったら、あらいぐまに左足を噛まれたんだってさ」
「そう。校庭の花壇にあらいぐまがいるなんて思わないだろ?園芸部が面倒見てるのが、たまたま逃げ出したらしくて…花壇に入って花を踏んだことに怒って、噛みついてきたんだよ」
俺がそう言うと未耶ちゃんはやっと納得したらしかった。
「よっぽど美味しかったんだね、深水くんの足」
おいおい…そういうリアクションかよ。
「さすが友洋の幼なじみだな、二人してボケ担当か?」
俺が言うなり、友洋は俺の頬を掴んで横に引っ張った。
「お前は未耶ちゃんにボケ担当とかよく言えるな、俺は思ってても言えないぞ」
「いや、言ってるし」
未耶ちゃんはニコニコしている。今、俺からも友洋からもボケだと言われたの、わかってるんだろうか?
未耶ちゃんのお母さんは友洋の親父と同級生で、お互いが結婚してもずっと友達を続けてるから、未耶ちゃんと友洋は幼なじみってわけ。なお、こっちの二人には恋愛感情があるのかと思ったこともあるけど、二世代にわたって男女間の友情が成立しているって本人たちは言っている。幼なじみってそんなもんなのかなと俺は漠然と思っている。
俺の親父は整形外科医、友洋の親父は警察官。
俺の親父はマジでカッコいい。そして「お父さんにそっくり」と言われる俺も絶対カッコいいに決まってる!と俺はかなり自惚れている。
俺は物事をあまり深く考えない楽観的なタイプで、周囲を冷めた目で見すぎと友洋に
よく言われる。一方の友洋は慎重派で人の目を気にするタイプだと俺は思っている。
友洋と出会ったのは小学二年生の時。俺が友洋の小学校に転校して、親子関係に共通点というかわかり合えるところがあったから仲良くなった。友洋は小学校でサッカーと陸上が得意で、実は意外と目立ってたんだけど、本人は周囲に全然アピールとかしないキャラだった。大人に囲まれて育ってきたから考え方が大人っぽいところがあって、目立ちたくなかったのかもしれない。
それで中学に上がった時、友洋はサッカーも陸上もやらないで、俺にくっついてマンガ研究会に入ってきた。それでこうして、マンガ研究会でいつも一緒にいる。
「ねぇ、その園芸部のあらいぐま、なんて名前なの?」
未耶ちゃんがあらいぐまに話を戻す、
「らす…」
言いかけて俺は微妙な顔になった。俺と同じ名前だし。
「えっ、何?」
知らないと言おうか、素直に答えるか、悩んだが…俺は答えることにした。
「…ラス、って呼ばれてた」
「え?私、深水くんの名前を訊いたわけじゃないよ?」
「…いや、だから、あらいぐまの名前…、園芸部の子が『ラス』って」
「えー、深水くんと同じ名前なんだ!由来が同じなのかな?深水くんの名前の由来って?そういえば珍しい名前だよね」
未耶ちゃんがそう言うと友洋が首を傾げながら何かを思い出そうとしはじめた。
「いや…なんかね、俺にも記憶がある」
「何の?」
「動物園に行った時、親父があらいぐまの檻の前でラスなんとか…って言ってた」
「いや今、あらいぐまの話とかしてねぇし」
俺が不愉快そうに言って未耶ちゃんに同意を求めようと視線を送ると、未耶ちゃんも何か考えるような顔をして、呟いた。
「…多分、私も似たようなことがあった気がする。お母さんがテレビで動物特集の番組を見ながら、あらいぐまのことを『ラス』なんとか、って呼んでた」
友洋がうなづく。
「昔、テレビかなにかでやってたんじゃないの、そういうのが。俺のじいちゃん、コリー犬を見ると、絶対『ラッシー』って言うし。ラッシーってなんだよ、インドの飲み物かよ」
いやちょっと待て、俺の名前の由来じゃなかったのか?
「なるほど、多分そうだよね。あらいぐまといえば、『ラス』なんだよ。じゃあ深水くんもあらいぐまみたいに育って欲しいと思って名づけられたんじゃない?」
「あらいぐまみたいってどんな育ち方だよ!…でも俺の名前の由来って訊いたことないな、お母さんがつけてくれたとしか。家に帰ったら親父に訊いてみるよ」
「あらいぐまからだといいな、羅朱」
友洋はニヤッと笑って俺の肩を叩いた。
「よくねぇよ!」
あらいぐまはフリージアの香り!?~meet again~ みゆか @miyuka88
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