あらいぐまはフリージアの香り!?~meet again~
みゆか
第1話
1.変身する、俺?
「羅朱、ボール行ったぞ」
「あ、ああ」
その日、俺は学校の昼休みに友達と野球をして遊んでいた。学校の校庭は俺たちだけが野球で独占するほど広くはない。ライトを守ってる俺のすぐ横では、剛速球だ、とか言いながらドッジボールをやってる奴もいるし、女の子たちは可愛らしくバレーボールで打ち合っている。周りを気にしながらだったのでライトフライの反応に遅れ、俺は名前を呼ばれて慌てて頭上を飛んでいくボールの行方を全力で見つめながらややゆっくりと後ろ向きで追っていた。ちょっと待て、ボール!ガラスを割るなよ、と思いながら、必死で。
ボールしか見ていなかったので足元の感覚が変わってびっくりした。砂だったはずが土?
どういうこと?慌てて足元を見ると、踏んだのは花で、どうやら花壇にそのまま走り込んでしまったらしい。
もしかしてこれって園芸部の…。
やばい、と思って顔から血の気が引いた、その瞬間。
「痛っ…」
左足に突然鋭い痛みが走った。反射的に痛んだ場所に目をやると、ふくらはぎにはなぜか、あらいぐまが食いついていた。
は?なんでこんなところに?
あらいぐまは俺を見上げて睨みつけている。
若干パニクったが、
「な、なんで花壇に入っただけで噛まれなきゃならないんだよ!お前の尻尾を踏んだわけじゃないだろ?」
と、あらいぐまに叫んで口を尖らせ、俺も睨み返した。
「羅朱!ボール!」
「ラス!」
俺を呼ぶ声がいくつも聞こえる。一緒に野球をやっていた友達の声はわかる。でもそこに混じっている女の子の声は?
狭いグラウンドの片隅だったので、センターを守っていた塚田友洋(つかだ ともひろ)がすぐに走ってきて、ガラスではなく校舎に当たって跳ね返ったボールを拾って投げ返した。俺は友洋に向かって、
「ごめん、園芸部の花壇踏んだっぽい。謝ってから戻る」
と叫んだ。友洋はとりあえずうなづくと走って戻っていった。
「ラス、ラス、どこにいるの?」
いや、俺はここにいますけど。そう思った瞬間、校舎の陰から女の子が駆けてきた。同じクラスで園芸部の浅川瑠香(あさかわ るか)さん。大人しいタイプの子で、俺はほとんどしゃべったことがない。
「あっ、ラス…って深水くん?」
浅川さんはあらいぐまを発見し、その先で噛まれている俺をも同時に発見したようだった。俺とあらいぐまを交互に見てしばらく立ち尽くす浅川さんに、俺は尋ねてみた。
「このあらいぐま…浅川さんの?」
浅川さんははっとして俺に視線を向け直して答えた。
「いえ、学校で飼い始めたあらいぐまなんですけど、園芸部が面倒を見ろってことになって…。今、見に行ったら姿が消えてて、慌てて捜してたんです。噛み付きグセがあるから気をつけろって言われてて…ってもう噛まれてる?」
浅川さんはあらいぐまに目を落とした。とりあえずこのあらいぐま、何とかしないとな。
俺はかがんであらいぐまの胴体を掴んだ。浅川さんも慌てて駆け寄ってきて、あらいぐまの頭を撫でてから手でガッと口を開かせ、俺から引き剥がした。
浅川さんはあらいぐまを抱えたまま俺に一生懸命頭を下げた。
「ごめんなさい、私たちが目を離したせいで
…」
「いや、いいよ。っていうかこっちが園芸部の花壇を踏んじゃって、ごめんね。それでこのあらいぐまが怒ったみたいで」
と言いながら、俺はズボンのすそをまくってみた。制服のズボンの生地がそれなりにしっかりしてるせいか、あまりひどいことにはなっていなかった。いわゆる犬歯のところだけはくっきり傷になり、血が滲んでいたけれど。
「花はいいんです。足、ごめんなさい。傷はそんなでもないけど、動物の歯だし…大丈夫ですか?」
浅川さんは心配そうな顔で俺を見上げた。「ああ、後で保健室で消毒でもしてもらうよ」
そう言った途端、友洋の大声が俺を呼んだ。「羅朱~いつまで俺にライトとセンター両方やらせるんだよ!」
「ごめーん、今戻る」
俺も大声で返事をすると、浅川さんにもう一度詫びを言った。
「花、本当にごめんね。園芸部の人たちにも謝っておいて」
そしてそのまま野球に戻り、保健室に行かないうちに昼休みが終わる予鈴が鳴った。教室に戻ると浅川さんが絆創膏を持ってきてくれた。
「噛まれたところ、血が出てましたよ。野球をやってた人たちと一緒に戻ってきたから、保健室に行ってないんじゃないかと思って…」
ご名答。女の子ってよく気がつくよな。
「あ、ありがとう」
俺はちょっと照れながら絆創膏を受け取ると浅川さんはすぐに自分の席に戻っていった。俺は急いでズボンをまくり、左足のふくらはぎに絆創膏を貼った。
「羅朱、花壇でケガしたの?」
席が近い友洋が、俺の顔を覗きこんで訊いてきた。俺は思わず笑ってしまった。
「ははっ…花を踏んだら足元にあらいぐまがいてさ」
「あらいぐま?」
「だろ。意味わかんねぇ。学校で飼ってて、園芸部が面倒を見てるんだって。園芸部の花壇を踏んだから、園芸部の人たちに代わって
あらいぐまが俺に噛み付いて仕返しをした、ってわけ」
「あらいぐまに噛まれたやつとか、世の中にそういないだろ」
俺たちが笑っていると、五時間目のチャイムが鳴った。俺と友洋はしばらくそのまましゃべっていたが、先生が教室に入ってきたので前を向いた。
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