[5] 紅

「俺の名は紅塵。あんたで最後みたいだな」

「草太だ。どうもそうらしい、お前が倒れて勝負は終わる」

「言ってろ。すぐに結果はわかる!」

 俺以外に立っていたのはたったの1人。倒れ伏す人々の中心で肩で息をする。

 背丈は俺と同じくらい。坊主頭で額の中央にバッテン印の傷跡がついている。

 紅塵を名乗った少年は俺に向けて歯をむき出しにして笑って見せた。


 嗅覚はもっとも原始的な感覚だと考えられている。詳しくは知らないが脳の奥深くにそれが存在するからだという。

 俺はそいつに俺と同じ匂いを嗅いだ。

 それ以上の説明は難しい。どれだけ丁寧に言葉を並べ立てたところでその実感を再現することはできない。必ずずれる。


 身に着けてる赤の道着はぼろぼろだし、顔面にも打撃のあとがいくつかある。こそこそ隠れていたわけではなくて、どうやら俺と同じで戦ってここまで生き残ったらしい。

 心臓が大きく跳ねる。血が沸き立つ。無意識に体が揺れ動いてリズムをとる。

 最後にふさわしいやつが残っていたことに感謝する。いったいだれに? 運命みたいなものに対して? どうでもいいことだ。


 紅塵は地面を蹴ると全力で突進してきた。来るなら来い!

 身構えていたところ彼の体はひらりと飛び上がった。空中で足先をこちらに向ける。

 いわゆる飛び蹴りの姿勢。きれいなものだと感心するが同時にこいつバカかとも思った。

 勢いがのってるから威力はすごい。が、そんな大技、正面から出してきて決まるわけがないだろうが。こっちが避けたらあとは攻撃後の大きな隙をついて一発ぶちこめばそれで終わりだ。


 力が抜ける。期待外れ。なんだ最後はあっけないものだったな。

 軌道を読んで半身だけ左にずれる。それで紅塵の飛び蹴りは何もない空間を無様にとおりすぎていく――はずだった。

 直感としか言いようのないものが体を支配する。頭の中で何かがガンガンと警告音を発している。うるさいぐらいに。視界に違和感。赤い何かがちらついた。火の粉?

 後のことは気にするな、最大限の回避行動をとれ!

 何だ? いったい何が危険なんだ? 頬にほのかに熱を感じる。わからない。わからないが今は逃げなくてはならない、全速力でなりふり構わず。


 視界の端にちらりと見えた。紅塵の足が紅蓮に燃えさかっていた。

 少年の体は空中を滑るように移動すると石の壁へと突き刺さる。同時に轟音。砂煙が舞い上がった。

 崩れた瓦礫の山の上に坊主頭の少年は立っていた。変わらずギラギラとした好戦的な笑みを浮かべて。

 なるほど、こいつはやばい。認識を再び改める。ただのバカではなかったようだ。


 気を肉体にこめればその分だけ肉体は強化される。けれども肉体には許容量があり無限に気を注ぎ込むことはできない。

 では限界を超えて注入された気はどうなるのか?

 外界へと影響をおよぼし他者の目にもわかる現象としてあらわれる。それが彼の場合はあの赤々と燃えさかる炎というわけだ。


 こいつは突き抜けた一流のバカだ! 俺は拳を構える、迎え撃つ姿勢をとる。

 もっと賢い戦い方はいくらでもあった。例えば小技を駆使して薄くなってる防御を貫くとか。そっちの方が確実に安全だし勝率も高いと考えられる。

 けれども結局のところ――俺も似たようなバカなのだろう。残念ながらそういうことになる。

 試してみたくなった。どちらの力がより優れているのかを。


 その思いを彼もまた理解した。先と同じようにまっすぐに走り出す。飛び上がる、斜めに滑空する。

 俺は右の拳にすべての気を集中させる。足りない。もっとだ、もっと行けるはずだ。濃密に練り込む。

 熱く肉体が膨れ上がるのを感じる。ばりばりと激しく電気信号が流れる。破裂しそうな体を抑えつけた。

 まだだ、まだ耐えろ。ぎりぎりまで引きつけてやれ。時間が引き延ばされる。精密に機動する。

 そうしてその全力をあいつにぶつけてやるんだ。あいつはそれに値する相手だ。


 右の拳を突き出した! 突きと蹴りとが空中で正面から激突する!!

 怯むな。押しつづけろ。このまま押し切ってしまえ。拳に力をこめる。強く握りしめる。

 相手も引かない。さらにぐぐっと押し込んでくる。邪魔だ。どけよ。ここを押し通るのは俺の方だ。

 俺は最強だ。最強になる。こんなところでつまずいてられねえんだよ。


 そうやって静止していた時間はどれほどだったのかわからない。ほんの一瞬だったのかもしれない。

 衝突地点を中心に光が爆ぜた。音はしなかった。

 爆発によって体が吹き飛ばされる。地面に背中から落ちて、ものみたいに2、3度跳ねた。

 全身が痛い。ぴくりとも動かせそうにない。自分の体が自分のものじゃないみたいに切り離されている。

 辛うじて目は開いていた。はるか遠くに天井が見えた。ぼやけて揺れてさらに遠い場所へと消えていく。


 くそが!

 毒づきたいところだが声も出ない。すっからかんだ。最後の一滴まで全部出し切った。もう何も体の中に残っちゃいない。

 なんでだ。なんで俺は満足してんだよ。過去を振り返るな。これからだろうが。楽しかった。そんな感想はいらねえ。足に力を入れろ。立ち上がるんだ。まだなんか残ってるだろうが。

 俺は――意識を失った。

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草太の拳 緑窓六角祭 @checkup

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