[4] 円
「勝ち残ってみせろ。勝ち残れば次はもっと強いやつと戦わせてやる」
「まったくありがてえ話じゃねえか。しっかり歯ごたえあるやつ用意しといてくれよな」
「ふん、勝ち残ることができればの話だ。証明してみるがいい、お前の力を」
紳士に連れられるがまま長い長い地下道を抜ければそこには不意に巨大な闘技場が広がっていた。その場に俺を投げ出してしまうと自分の仕事は終わったとばかりに紳士の姿は消えた。
半径50Mの円形の空間に20人ほどがたむろする。それもひと目でわかるぐらいにそれなりの使い手がそろっているようだ。血がたぎる。
ルールは簡単。全員が敵同士で最後に立っていた1人が勝利、それ以外は全員敗北。
何かの大会に出場するための予選だとかそんなことを紳士は言っていた。強いやつと戦えるなら細かいことはどうだっていい。要は全員殴り飛ばせば俺の勝ちだ。
始まりの鐘が鳴り響く。
ざっと全体を眺め渡す。周囲に気を配って様子見してるのがほとんど。つまんないやつらだ。
戦ってるところを横から殴り飛ばされる、あるいは戦い終わってくたびれたところをぶっ倒される、漁夫の利を狙う連中がそこらへんにいる以上、軽々と動かないのが定跡といったところか。
――そんなもん知ったこっちゃねえな!
俺は地面を蹴って目に留まった赤髪とさか男に接近する。
勢いのまま右足でローキック、つづけざまに姿勢の崩れたところで右ストレートをまっすぐ顔面へとぶっぱなした。一撃必殺!
赤髪とさか男の体は吹き飛んでコンクリート壁にぶつかって止まった。まずは1人。全員1発でのしちまえば隙だのなんだの関係ねえんだよ。
俺が動き出したのに呼応するように全体の状況も動き出したようだ。余韻に浸っているヒマはない。振り返ることすらせずに気配を察して後ろ回し蹴りを放つ。
目つきの悪いひょろなが手足男は後ろにのけぞって避けた。かかとはその額をかするにとどまる。ちっ、さすがに浅かったか。
なんて呑気に反省していたところ横合いから不意の衝撃。着地前の隙、空中で身動きのとれないところを見事にやられた。眉なし巨漢が体当たりをかましてきた。
汚いだのなんだのとは思わない。それが勝負の世界だ。なによりその勝負はまだ終わっていない、依然としてつづいている。
文句があるならこの拳で返してやればいい。
地面に落ちる、その瞬間に意識を集中する――ここだ!
両手をついて跳ね上がる。すぐそこにある壁を蹴り上げたら体当たりをしてきた眉なし巨漢に逆襲する。
曲芸じみた俺の動きについてこれなかった男は腹のど真ん中に両の拳をねじりこまれた。血を吐いてその場に倒れ伏す。ざまあねえな。
ひょろなが手足男はどうなった? なんだ、もう倒れてるじゃねえか。だったら次だ次。
壁に背を預けて余裕ぶってる青髪サングラスが目についた。体の線は細いがそのまとう空気は研ぎ澄まされた刃物みたいに鋭い。
おもしろい。正面からまっすぐ突っ込んだ。
すっと向こうの方から拳を突き出してくる。直感で頭を傾ければ側頭部をかすめていった。
皮膚の浅く切れる感覚。即座のダメージは少ない。が、血を失えばその分体力が減少する。あの切れる拳をたてつづけに貰うのは避けた方がいいと判断する。
ふうと気取った野郎はサングラスを投げ捨てその場でステップを刻んだ。そちらから来るのであれば容赦しない、来るなら来い――そんなところか。
いけすかない。再度最短距離で突っ込む。今度は連続で切れる拳が飛んできた。
だが残念ながら狙いが単純すぎる。いくら速かろうと思惑がわかっていれば効果は半減。頭を揺らして最小限の動きで襲いかかる拳の雨をかわしていく。
最後に深く沈みこめば真下から顎にむかって俺は拳を突き上げた。衝撃を直接に脳に響かせる感覚。手数なんていらない。最強の一発があればそれですべての片はつく。
気取り屋は壁に背を預けるとずるずると倒れていった。
背後に濃密な気配を感じる。まったく大人気だな、俺は。少しは休ませてほしいところなんだが。いや俺は今最高にのってる状態だ。この勢いにのって全員なぎ倒してやらあ!
振り返ればハゲ頭で紫の1枚布に身を包んだ、僧侶風の男が両手を合わせた礼の姿勢で待っていた。いろんなやつがいるものだ。本当におもしろい。よりどりみどり。
こちらもそのハゲ僧侶に向かって拳を構えてやる。
目と目で会話する。律儀なやつだな。そういうのは嫌いじゃないぜ。
真っ向勝負。両者同時に地面を蹴った。
互いが互いの顔面を狙って右の拳を突き出した。リーチに差はほとんどない。
顔面に拳が突き刺さる。いい打撃だ。痛みを与えるのと同時に痛みを与えられる。
これはいったい誰の痛みなんだ? 脳がゆさぶられてほんの一瞬だけ意識がとんだ。
だが俺の一撃の方がもっと強かったな! ハゲ頭は後ろ向きに倒れる。
次はどいつだ。どんなやつが俺の相手をしてくれるってんだ?
闘技場を見渡す。そこらじゅうに人間が横になっている。俺が倒したのもいればそうでないのもいる。
いつのまにやら――その場に立っている人間はずいぶんと少なくなっていた。
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