[3] 弾
「おもしろい子供が流れ着いたと噂に聞いたんだが――君かな」
「知らねえな。あんたこそだれだ」
「ふむ、それもそうだな。噂の本人だからと言って知っているとは限らない。試してみればわかることか」
街角、深夜、人の姿はない。ぽつりぽつりと街灯のともるばかり。
低い階段の上から見下ろす影がひとつ。シルクハットにマントにステッキと気取った格好。体形からして鍛えているという感じはしない。
けれども俺の感覚がびしびしと反応している、侮っていたらまずいことになる、と。その予感の通りに――紳士は7つの光の球を自身の周辺に同時に発生させた。
『気弾』と呼ばれる攻撃法がある。
自分から離れたところに気を放出する技法だ。集団戦なんかだと俺もはったりに使うこともあるが正直あんまり得意ではない。身体に近いところで気を動かす方が向いている。
「おもしろいものを見せてあげよう」
紳士がぴくりと右の眉を動かす。光球はゆっくりと弧を描いて俺の隣に立っていた街灯にぶつかるとそれを真ん中からへし折った。
光球を7つ同時に維持するだけでもたいへんなことだ。くわえてその1つにそれなりの威力を持たせるとなればかなりの使い手といえる。
自然構えをとっていた。心臓が跳ねる。わくわくしてきた。
「当たりどころが悪ければ、もしくは良ければ、一発で死んでしまうかもしれないな」
「あんた強えな」
「わかってもらえたようでなによりだ。さあ存分に踊ってくれたまえ」
紳士は両手を広げる。夜の中でばさりと大きくマントが波打つ。6つの光球は一斉に動き出した。
気弾使いの対処法は簡単だ。懐に潜り込んで殴り飛ばせばそれで終わりである。
ただし覚えたての未熟者でない限りそんなものは当然対策されている。そうして同時に複数の気弾を自在に操るような相手が未熟者なわけがない。
正面から絡みあいながら3つ、左右の視界の端から1つずつ光球が迫ってくる。残り1つは大きく弧を描いて背後から接近しているのがわかる。
正面突破は得策でない――だとすればどうするのか。
左斜め後ろに一旦下がる。大きく距離をとって回避する。ついで右斜め後ろへ跳ねた。かいくぐりながら左にステップを刻む。
光球の動き自体はそんなに速くないようだ。けれどもこちらの動きがわかってるみたいに展開されている。回避を強制する。
この状況がつづけばどちらに有利になるだろう?
こちらは神経を削る作業をつづけることになる。間違いなく疲労する。だが相手の方だってこれだけ緻密に気弾を操るとなれば消耗は避けられない。
どちらが先に根負けするかの勝負になる。
といっても主導権を握っているのはあちら側だ。翻弄されつづけるのはつまらない、性に合わない。
――覚悟を決める。ステップを切り替える。前進する。
紳士は俺を見てにやりと笑った。その意味はわからない。ただその面を一発ぶんなぐってやろうと思った。
脇腹に光球が突き刺さる。こぶし大の石をぶつけられたみたいな衝撃。
ぎりぎりのところで耐える。このぐらいのダメージもらうのは想定済み。
怯まずさらに前へと突き進む。
紳士は散っていた光球を一旦引き寄せる。防御を固めるつもりだろう。
攻守の入れ替わった感覚。いやそこまでじゃないな。
さっきまでがこちらが守り10だったところ、こちらが守り7攻め3になったぐらいか。
あんただけじゃない、俺の方だって攻めの手段があるんだぜとひとまず意識させることができた。
それで十分。そこを起点に無理矢理こじ開けてやる。
動きをコンパクトにまとめる。大きく避けてたところをぎりぎりの回避に変更する。
安全マージンは減るが仕方がない。リスクを負わなければ自分の主張は通せない。
後ろから迫ってきていた気弾を前かがみになってかわした。
要するにあれは生命エネルギーの塊だ。視覚に頼らずとも感覚を研ぎ澄ませればその位置ははっきりわかる。
彼我の距離はおよそ1.5M。大きく踏み込めば拳の届く距離。視界にとらえている光球は4つ。
1つは今かわして過ぎ去ったもの。1つは左前方から弧を描いて飛来してくるもの。1つは右下方から顎を狙って跳ね上がってくるもの。1つは正面からまっすぐに突っ込んでくるもの。
それぞれの動きを明瞭に知覚できている。
脳みその細胞すべてが同時にばちばちと発火した!
光球に構わず大きく踏み込む。迫る1つを左の拳で叩き落した。強引に道を作る。
そのまま振りかぶって紳士に向かって右の拳を叩きつける――
「すばらしい、なんと驚異的な動体視力だ。いい目をしているね」
紳士は空に両手をあげていた。
光球もすべて消えて去る。俺はその顔面ぎりぎりで静止させていた拳をおろした。
「降参だよ。殴り合いは苦手でね。君の勝ちだ」
おだやかに拍手する。勝ったはいいが釈然としないものが残る。
やっぱり殴っておいた方がよかっただろうか。いやしかし戦う気を失くした相手を攻撃するのは気分が悪い。趣味じゃない。
それにしても目の前に立つ紳士を眺めて思う――いったいこいつは何者なんだ?
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