[2] 賊

「俺ァこのあたりを支配する大山賊の大親分、道円さまだァ。チビスケ、てめえそれを知っての狼藉かァ」

「なんだ、ちょうどあんたを探してるところだったんだ、こいつは都合がいいや」

「何言ってやがる、てめえ。ぶち殺されてえのかァ」

「噂で聞いたよ、あんた、強いだってな。その鼻、へし折ってやるよ!」

「強いも弱いもねえんだよ、俺ァこのあたり一帯の王様だァ!」


 生まれ育った削割を出てふらふら歩いていたところ山のふもとの貧しい村にでくわした。

 話を聞けばなんでも近頃この近くの山を大山賊を名乗るものどもが支配しているらしい。おかげで自由な往来がまったくたえてしまっているという。

「あんた死にに行くつもりかい」「見つかったらただじゃすまないよ」「あいつらには容赦なんてものはないからな」

 俺はまったく迂回することなしにその山賊はびこる山岳地帯へ、止める村人たちの忠告もきかずに、すたすた乗り込むことにした。


 何も正義感に目覚めたわけじゃない。

 強いやつがいるというからには戦ってみたくなっただけだ。出会えればよし、出会えなければそれはそれで構わない。強者は他にもいるのだから。

 そうして山道をそれずに歩いていれば、運がいいのか悪いのか、山賊たちに取り囲まれたというわけだ。

 その数ざっと100人といったところか、槍やら斧やら手に手に武器を持っている。親分の命令で一斉にとびかかってきた。なるほど、それなりに統制はとれている。

 といってもそんなやつらはどうでもいい。何者でもない。

 軽くステップを刻んで体を温める。間合いに入った相手を適当に蹴散らしながら考えた。


 手に手に武器を持つならず者たちの中、唯一徒手空拳の男、顔に斜めにぎざぎざと刀傷の走る悪人面のハゲ頭、自称大山賊の大親分、その名を道円。

 衆を従えているだけではない、あの男間違いなく強い!

 気とは生命体の内部を循環するエネルギーだ。その利用法はさまざまだがもっとも一般的な使い方は強化である。武器を強化してやれば単純に破壊力も耐久力も跳ね上がる。

 だが結局のところもっとも強化しやすいものは決まっている、自身そのものだ。故に――強者は必然的に武器を持たないところに行きつく。


 まっすぐぶち抜くか? それとも先にザコを片付けておくか?

 答えはすでに決まっていた。人は自分の気性に合わない作戦などどうせ実行できないものだ。

 遠く道円を睨んで気の塊をぶつけてやる。気おされたザコ山賊どもが怯んだ姿をさらした。

「てめえら何してやがる。そんなやつにびびってんじゃあねえ」

 道円の怒号とともに再び子分たちが草太の前に立ちはだかる。

 問題ない。気を練る時間は十分にあった。


 右の拳に全身の気を集中、子分の壁に向かって右ストレートを放った、巨岩崩壊拳!

 中心にいた数人が悲鳴を上げて倒れる。その周辺にいた十数人も巻き込まれて吹っ飛ばされた。

 全員を倒したわけじゃない。けれどもこれで目的は達した。無傷の子分たちも完全に俺の勢いにのまれて数歩後ずさっていたから。

 一歩退いて戦況を眺めていたハゲ頭に呼びかけた。

「来いよ。こんな雑魚どもじゃ俺はとめられない。わかるだろ」

「クソが。いきってんじゃねえぞ。俺様の手で直々にひねりつぶす!」

「できるもんならやってみな。死ぬのはあんたの方だって教えてやるよ」


 本命と対峙する。取り巻きたちは距離をとってながめるばかり。

 浅黒く引き締まった肢体に無数の傷跡が見える。絶えざる実戦の中で強くなってきた男の強靭さをうかがわせる。無駄がない。無駄などあればその時点で死んでいた。

 動いたのは道円。前後に体を揺らしながら大胆に間合いを詰めてくる。

 待ち受けるのは得策ではないと判断する。低く沈んでタックルをかます。

 道円はそれをあっさり退きながらかわすと左の拳を放ってきた。

 肩で受ける。重い拳、これを受けるつづけるのはまずい。


 作戦変更だ。こちらもまたローキックを打ちながら後退する。

 だがうまくいかない。道円の追撃。リーチはもちろん彼の方が長い、両の拳が襲いかかってくる。ガードの上からでもしびれる打撃がリズムよく正確に突き刺さる。

 ここは耐えるところだ、集中力を切らしてはいけない。相手も同じ人間、ラッシュは長くはつづかない、受けつづけろ。

 きっかり7秒。道円の連撃がワンテンポ遅れる、チャンス!


 前に踏み込みながら左の甲で道円の右ストレートを捌く。わずかに軌道がそれる。

 道はできた。あとは通るだけ。俺は道円のみぞおちにむかって右の拳を突き上げた!

「へぐぼあっ!」

 決まった。急所に一発。これで終いだ。

 叫び声をあげながら道円の体は跳んでいく。地面に落ちて二三度はねてそれきり動かなくなった。

 子分たちもまた動かない。ただ群がって呆然としている。


「つづき、やるかい」

 呼びかけてみる。だれも動かない、目をあわせようともしない。

 かぶりを振ると俺は歩き出した。用は済んだ。これ以上彼らに興味はなかった。

 その後のことは何も知らない。

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