第25話 珊瑚海に大和あり

【1942年6月5日】


 ニューギニア東方の珊瑚海に50万トン空母『大和』の姿があった。橘型駆逐艦30隻に囲まれた大和は威風堂々とポートモレスビーを目指す航路である。事前に海軍と陸軍の爆撃隊がニューギニア頭部の飛行場を破壊した。同時にミルン湾の魚雷艇基地を壊滅させている。大和は妨害なく行動できた。しかし、ハワイに張り付く潜水艦から「敵機動部隊動く」の報告を受け取る。潜水艦の次報が途切れたことから撃沈されたと推定した。大和は30隻の駆逐艦を対潜と対空両方に割いて警戒を緩めない。


「ラバウル航空隊の索敵結果は敵影見られずのみ。本当に敵空母がいるのでしょうか」


「わからん。油槽船を誤認した時から神経質になり切っているかもしれない」


 大和艦長と源田航空参謀は敵空母が見つからないことに疑念を抱いた。前段作戦の成功から1ヶ月遅れのMO作戦が開始されると大和は敵機動部隊を抑える。ポートモレスビー攻略部隊の二航戦と五航戦、上陸船団護衛の四航戦を守る盾役を務めた。


 攻略部隊に二個航空戦隊と船団護衛に一個航空戦隊を与える。やや過剰ではないかとの見方があった。前者についてはポートモレスビー要塞と南のオーストラリア要塞を鑑み、適切な戦力として二個航空戦隊(空母4)を投入している。ポートモレスビーは港だが内陸部にアメリカ軍とオーストラリア軍の航空基地が整備された。PTボートの魚雷艇基地も確認される。当初予定された五航戦だけでは基地航空隊と魚雷艇、もしかしたら空母機動部隊の攻撃に耐えられなかった。これに二航戦を加えなければ攻略は進まないだろう。後者については四航戦が練度不足の不安が残された。よって、上陸船団の防空に専念させる。最近はオーストラリアからB-17とB-24、B-25と爆撃機が頻繁に飛来した。四航戦の改翔鶴型空母2隻で100機以上の艦載機を運用できるが、艦戦を通常時よりも多めに積載して攻撃よりは防御を重視した格好である。しかし、実戦経験のある兵士は少なかった。


 よっぽどの事が無い限りは攻略作戦の頓挫は考えられない。


 すると、見張り員が形相を変えた。


「敵味方不明の機影を確認!」


「よく見ろ!友軍機と誤認するな!」


 味方機か敵機かを確認せずに対空砲火を開いては笑い話にもならなかった。他の見張り員も加わり、かつ双眼鏡を使って確実性を重んじる。幾度となくチェックを挟んだ結果として「味方機」と判明した。


「指揮連絡機を操る兵は精鋭です。航法を間違うと思いませんが…」


「こちらに向かってくるなら、何か連絡を取りたいのだろう。通信機能が失われたか、隠密に進めたいか」


 味方機の正体は指揮連絡機という独自機である。本来は陸軍の機体だが対潜哨戒から艦隊間連絡まで多用途に使えた。海軍は陸軍から一定数を譲渡され、少数を空母に運用している。指揮連絡機は短距離離陸性能(STOL性能)が高かった。向かい風ありでは最短50mで発艦する。同じ環境で着艦は約45mで済んだ。利便性の高さは好評を博している。


 そんな指揮連絡機が大和に真っ直ぐ向かってくるため、艦長も源田航空参謀も首を傾げざるを得なかった。山口多聞中将も怪訝に思ったが着艦を許可する。大急ぎで滑り込むと兵は整備員を待たない焦りが見えた。あまりの焦りから機上から転落した程である。


 そして、直接山口多聞司令に見えたいと言うので通した。


「大変な無礼をお許しくださいっ!私は…」


「前置きは要らん。要件のみを申せ」


「はっ!五航戦は敵空母から攻撃を受けました。翔鶴が大炎上して大破と推定されます。瑞鶴は無事ですが一時離脱して態勢を立て直すことになりました。二航戦と攻略本隊は無事で…」


「それまたどうして。連絡は平文でもよいのに」


 思わず艦長が割り入ってしまう。


 ただ、全員に共通した疑問のため、何も言われなかった。


「はっ、井上司令は大和の所在を悟られてはいけないと…」


「なんということだ。ここまで大和温存の空気が漂っていたとは予想外だ」


 大和は敵機動部隊をおびき寄せる目的で意図的に突出する。敵機に発見されることを希望する大胆不敵だった。あいにく、逆に突出が過ぎている。大和と米機動部隊が互いにすり抜けた。米機動部隊は大和でなくポートモレスビー攻略部隊と接触して先生制攻撃を与える。そして、翔鶴を大炎上させて大破(推定)させた。


 五航戦を率いるは井上成美中将である。彼は翔鶴が使えなくなると攻略は二航戦に任せて一時退避した。空母1隻が欠けて弱ったところを衝かれては瓦解する。ここは一旦引いて体制の立て直しを図った。しかし、二航戦に負担が一点集中することから消極的な姿勢は批判の対象となる。


 また、緊急の報を大和に発しなかったのも問題だ。大和の単艦決戦思想から無駄な出血を回避したい。米軍の得意とする通信傍受などから位置を逆探知されることを恐れた。よって、大和には敢えて報告をしていない。源田参謀が頭を抱えるが山口中将は渋い顔ながら的確に指示を発した。その切り替えの素早さは艦橋内の兵士にクヨクヨする余裕を与えない。五航戦を責める余裕があるなら一刻も早く米機動部隊を撃滅するのだ。


「五航戦の最新位置は!」


「ここです!」


「よし、百式偵察機を全て出せ!白山隊を先に用意して第一次攻撃隊にする!」


「聞いたな!偵察機を全て出せ!特急だ!」


 焦りから驚きに転じた指揮連絡機の兵には謝意を述べる。


「よく報告してくれた。君に責任はないが、しばらく、大和が預かさせてもらう」


「申し訳ございません…」


 山口司令の鶴の一声で指揮連絡機は回収されると、陸軍の百式司令部偵察機が姿を現した。双発の陸上偵察機だが大和の飛行甲板なら十分に発艦可能である。3000kmを超える長大な航続距離と600km/hの壁を超えた高速性を誇るった。百式司令部偵察機の圧倒的な高性能から世界最高峰の偵察機に数えられる。そして、性能と美麗な見た目から米軍内では後に「地獄の天使」と恐れられた。


 五航戦の最新位置へ重点的に百式司令部偵察機を飛ばして米機動部隊を捜索する。米軍機は日本機程の航続距離を持たなかった。至近距離でなくても相応の近場にいる。五航戦の仇を討つと言わんばかりに各員が特急で作業を進めた。もちろん、偶発的な接敵を想定して準備は万全を期している。


「頼むぞ。必ず見つけるんだ」


=フレッチャー艦隊=


「敵が超巨大空母でなかったのは幸か不幸かわからん。しかし、敵空母を1隻でも無力化したのは大きい。よくやった」


 米機動部隊を率いるはフレッチャーだった。序列的にはハルゼーが指揮を執る予定が皮膚病が悪化している。ハルゼー自らが辞退してフレッチャーが代理することに決まった。スプルーアンスは大砲屋でハワイ防衛の任務があるため除外される。機動空襲を担当して機動部隊決戦は初めてのフレッチャーだが、偶発的な戦闘に突入しても見事に翔鶴クラス1隻を無力化した。


 フレッチャー艦隊はハルゼーの噛み付きの甲斐あって空母『エンタープライズ』『ホーネット』『ワスプ』の空母3隻を抱える。ワスプについては大西洋から異動したばかりだが、大西洋で必要な実戦経験を積んで練度の心配はなかった。ホーネットはドゥーリットル隊日本本土空襲の運搬役に従事している。特に損害という損害は無く、艦載機を積み直して出撃した。


 しかし、日本機動部隊を偶然に発見している。それが攻略部隊なのか機動部隊決戦部隊なのか依然として不明だ。敵を見つけた以上は攻撃せざるを得ないが、艦載機を失っただけで空母も巡洋艦、駆逐艦は全て無事である。今のところは完勝と評価された。


 もっとも、例の巨大空母は所在を知れていない。


「哨戒機が敵偵察機を確認!」


「なに!?」


続く

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50万トン空母『大和』【休止中】 竹本田重郎  @neohebi

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