第2話 高校で再会したキミ
「パーカー、パーカー、Tシャツを挟んで、はい、またパーカー」
クローゼットの服を、彼女は次々とハンガーから外す。
「キミかスティーブ・ジョブズかってくらい、同じ服ばっかりに見えるんだけど」
「これはロゴの位置が違うし、こっちはヒモが太い? ……間違い探しレベルだよ」
「そういえば、高校に編入してきた秋も、このパーカー着てたよね?」
「覚えてるよ、衝撃的だったもん。小学生の時、お別れも言わせてくれずに転校してった男の子が、高校2年生で同じクラスに編入してきて、ふつーに『よっ』って挨拶してきたら、ものすごくびっくりするから!」
彼女の手の中で、鬼のように素早くTシャツがクルクル巻かれて、箱に詰められていく。
「しかも久しぶりに再会したキミは、一匹オオカミっていうか、オレに構うなみたいな態度丸出しだったよね」
それをヨシとしてくれなかったのがもちろん彼女だ。
「幼馴染としておせっかいにもなるよ、また昔みたいにみんなで楽しく過ごしたかったんだもん」
「ふふ、でも学祭のタコヤキ屋台で、一気にクラスの人気者になったもんね。直前に住んでたのが大阪だったんだっけ? 大阪の人って、みんなあんなにタコヤキ焼くのがうまいの? 神業だったよ」
「あの時の、うちのクラスの売り上げ記録、いまだに塗り替えられてないんだって。すごいよね」
「キミがムッツリした顔で、職人みたいにタコヤキ焼いてる写真、今も持ってるよ」
「でも、小学5年生の時に別れて、高校で再会したのに、よく私のこと、すぐに分かったよね」
普通に分かるだろう、と返したキミに、彼女は少し不服そうだ。
「高校デビュー大成功だねって皆に褒められてたんだけどな。同じ中学の男子にも『綺麗になってて、全然わかんなかったー』って言われたりしたことだって……」
「なにその『どこが』って顔!」
「……この引き出しの中身は下着かな? パンツまで畳まれたくなかったら、今のうちにゴメンネしてください」
「え? 私なら大人になっても、おばあちゃんになっても、絶対すぐわかる?」
「……そ、そうなんだ。それなら、まぁ、6年越しくらいなら、すぐわかっちゃってもしょうがないか、うん……そっかぁ」
急に服を畳む手つきが丁寧になる。
「全然変わってなかった? それとも、少しくらいは『おっ、可愛くなったな』って思った?」
「へ? 機種変更してからそろそろ2年だけど、うん、充電一日は持つよ……あれ、今、話逸らしたよね?」
もう、とつまらなさそうに、彼女はボックスに手を伸ばすが、キミがそれをさりげなく遠ざける。
「まだこの下も服だよね? いいよ、箱詰めしちゃおうよ」
「えっ? こっちがパンツ? わわわ、あとは任せて本棚の方に行こうかな」
「一応確認だけど、先に完成してたあの2箱に、私に見られたくないものは封印されていると思っていいんだよね?」
「何の事って……なんでもないけどっ! 上から順番にどんどん降ろしていくから、箱に詰めていってね」
張り切って本棚の前に立った彼女は、最上段に向かって全力で背伸びするが、届かない。
「う……ご、ごめん。役割、逆でお願いします」
真面目に本を箱詰めしはじめた彼女に、背伸びしてプルプルする様子を見たくて黙っていたキミの良心がわずかに痛む。
「結構数が多いから、教科書系とマンガと文庫本で、箱分けておくね、わっ!」
積んであった文庫本のタワーが崩れて、床に倒れる。
「ごめんごめ……」
拾い上げる彼女の手が、ある文庫本の前で止まった。
「なるほど、これは表紙詐欺である……と、中身はごく一般的なファンタジー小説だ、などと供述しており?」
いいわけともつかないキミの申し開きに、彼女は半眼でこたえる。
「だから見られたくないやつは、片付けてあるの? って聞いたのに」
「えっ? 疑ってるわけじゃないよ。ただ、やっぱりこういう、お色気な感じのオネーサンがいいんだなぁって」
「だって、前に来た時にテーブルの下にあった雑誌も、同じタイプのお姉さんだったもん」
「勝手に見たんじゃないよ、雨宿りで寄らせてもらった時、キミがパスタ作ってくれてる間に『雑誌でも読んで待ってろ』ってすすめてくれたから、何気なく手にとったら、私は一体何を見せられているんだろう、ってなったんだよ」
そういえば皿を持って戻った時、彼女が画面が消えてるテレビの前で正座して固まっていたことがあった。ような気もする。
「別にこういう女の子が好みってわけじゃない? じゃあ、どんな子が好きなのよぉ」
珍しくそっぽを向いたまま、ぷくっと膨れた頬が戻らないので、彼女のつむじを見下ろしながらキミは好みのタイプを列挙する。
「動物好きで、茶色い犬を飼ってて? ……紫色の小物が好きで、泣き虫で、身長156センチって……!」
復唱しながら、条件にガッチリ一致している彼女は驚いてキミを見上げる。
あまりにその目がキラキラとしていたので、思わずオチを付けてしまった。
「の、逆!?」
「156センチの逆って、651センチってこと? 6メートル越え? 巨人だよぉ!」
混乱する姿に思わずキミが吹き出すと、からかわれたと分かった彼女は何か言おうと大きく息を吸った。
だが同時にホコリも吸い込んだのだろう、文句の代わりにクシャミが出た。
「チュン、チュンっ!」
「うぅ……スズメって、いつまで言うのよぉ。キミのせいで、小学校からの友達は、いまだに私のことスズメって呼ぶんだからね」
「別に、スズメって呼ばれるのが嫌ってわけじゃないよ。あの時は、助かったもん」
「あれ? 話したことなかった? 小学校の理科の教科書にニオイスミレが載っててね、私の名前がスミレでしょ、それで、いじわるな男子からスミレがにおうとか、クサスミレとか言われてからかわれてたの。やめてって言う勇気も無くて、いつもメソメソ泣いてたんだよね」
「そしたらね、転校してきたキミが『こいつのクシャミ、チュンチュンって、スズメみたい。今日からスズメって呼ぶわ』って言ったでしょ」
「そこから一気にスズメって呼ばれるようになったんだよ。でも、スズメってなんか可愛いし、クサスミレよりは全然良くなったから嬉しかった」
「ねぇ、あの時もしかして、私の事を助けてくれたの?」
問いかけてきた顔に、あの日泣いていた少女の面影が重なって、キミはそんな昔のこと覚えていないと繰り返す。
「あはは、さっきから記憶にありませんばっかりで、政治家みたいだね。覚えてないなら、助けてくれたんだって思っとこ。ありがとう」
「でも高校でも大学に入ってからも、キミが皆の前で『スズ』って呼ぶから、私の名前を『園田 鈴』だと思ってた人が結構いたんだよ」
「ホントホント。レポート返却された時、自分の名前間違ってるよって、真顔で注意されたんだから」
「笑いごとじゃないよ、しかも……その、キミのカノジョだと思われてたりも、したんだよ?」
「飲み会の時、園田は彼氏持ちだもんなーって普通に言われたもん。も、もちろんキミのために全力で否定したけど、隠さなくていいからーみたいな、生ぬるい反応だった」
へぇ、と適当な相づちを打ったキミに、せっかくおさまっていた彼女の怒りが再燃する。
「スズ、ノートコピーさせて。スズ、風邪薬持ってない? って四六時中話しかける男の子がいたら、そうかなとは思うよね!」
「おかげさまで売却済み物件扱いで、高校大学と、本物のカレシができることも無く終わっちゃったわけなんですけど」
「えぇっ? 計画通り? なにその悪い顔! 黒いノートに名前書かれちゃうよ!」
難航した本棚の片付けが終わり、最後に残ったのが台所だ。
「さぁ、最後にキッチン片付けようか。ひゃー、もう3時過ぎてるよ、夜が明けちゃう。いっそげー」
「私がお皿とか割れ物を包んでいくから、他のものをどんどん詰めていってね」
「これ開封済のパスタ。あっ、待って、これもパスタの袋っぽいよ」
安い時に大量買いしていた乾麺が、あちこちの引き出しから発見される。
「自分でバイトしたお金で生活してたんだもんね、すごいなぁ」
しみじみと彼女がつぶやく。
「高校2年生の時、ご家族でこの町にもどってきて、大学1年の途中にまた転勤が決まったでしょう?」
「本当に短いスパンで引っ越しがあるんだね。また引っ越していっちゃうのかな、大学に編入するってなったら、高校よりもっと大変そうだなって思ったよ」
「そしたらある朝、片目をマンガみたいにすっごいアザにして来たでしょ、お父さんにどうしてもここに残って大学を卒業したいって交渉したんだよね」
「えっ? お父さんは両目をパンダにしてやったの? うぅ、壮絶な親子喧嘩だよ……」
「それで、ひとり暮らしがしたいなら自分で勝手にやれって言われて、バイトして、自炊して、ちゃんと卒業まで頑張ったんだから、本当に偉いよ」
「調理器具も充実してるね、パスタを作ってもらった時、料理上手だなって思ったんだよね」
「節約のため、やむなく? またまた、謙遜しないの。いいお婿さんになりますよ」
「私の得意料理? うーん、たまご……料理。えっ、どんな卵料理って、たまご……かけごはん?」
「混ぜるのすごく得意だもん、カルボナーラの卵だって混ぜれるよ」
「いいよー、東京まで行って卵混ぜてあげるから、一緒に作ろうよ」
卵を混ぜる気満々の彼女に、それはできないと断る。
「え、そうなの? 引っ越し先にはキッチン無いんだ、寮みたいな? あー、外部の人は入れない感じのね」
「じゃあ、このキッチン用品どうするの? 実家にとりあえず仮置きする? なら、箱に目立つように書いておかないとね」
「……そっか、東京の引っ越し先には、行けないのかぁ……」
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