夜の娘

花野井あす

夜の娘

あるところに、夜というお嬢さんがおりました。


お嬢さんはなんとも美しい娘さんで、とくに豊かな髪が他者しゅういの目を惹きつけます。


常闇よりも深い黒い髪は誰よりも艶やかで、小さな宝石のようなきらめきは曇ることを知りません。


黄や白、赤や青。

きらきらと髪は波打つたびに輝きます。


銀色の大きな輝きがひときわ他者しゅういの関心を捉えます。見るものにより、それがまん丸だったり、半円だったりするのです。時には姿を潜ませて、お嬢さんは何処かと他者しゅういの心を騒がせます。


しかしこのように美しいお嬢さんにはひとつ悩み事があります。

せっかくの美しい髪をその黒い瞳に映すことができないのです。


お嬢さんの世界は彼女の髪と同じ色をしていて、音と匂いとそれから僅かながらの輪郭でできているのです。

ゆえに、軽やかに歌うこともできず、泣くときも笑うときも、「ほうっ。ほうっ。」と啼くだけです。


書かれたものも描かれたものも模ることができないわけですから、他者しゅういの哀しみや喜びを知ることもありません。

お嬢さんの世界は彼女が苦しいだとか痛いだとかそういった気分だけでできているのです。


ゆえに、お嬢さんは飾り立てることをしません。

心も體も付け足すことも差し引くこともなく、ただ生きることだけに在るのです。


お嬢さんは生まれたての世界そのものなのです。


お嬢さんはきっと今は見えぬものを見て、今は聞こえぬものを聞いて髪や瞳に彩色を施すのです。

お嬢さんはきっと朝陽が悩ましくさせるのを知り、夕立が心躍らせるのを知り、おとなになるのです。


そしてきっと、ひとりの人になるのです。

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夜の娘 花野井あす @asu_hana

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