第126話 スタンピード来る
遠くに砂ぼこりが立ち、黒くうねる塊が見える。
身体強化で視力を上げたり、水魔法の水レンズで簡易的な望遠鏡を作り、その塊を確認すると、
地竜よりも少し大きな、銀色の羽根の生えたライオンの様な魔物に、マンモスと言っていい毛むくじゃらの巨象と、秋の午後の優しい光に照らされて鈍く光るガンメタリックな地竜っぽい図鑑で見たことも無い魔物と、その魔物を中心に左右に広がり群れで狩りをするタイプの様な小型の肉食恐竜っぽい姿の魔物が、追い込み漁の様にここまでの道のりに住んでいたであろう様々なエリアの主クラスの魔物を追いたてて、こちらに着実に向かってきているのだ。
異形の魔物が主を追いたて、主が中型を追いたて、中型が逃げる様を見た小型がパニック気味にワラワラと逃げているという嫌な連鎖で作られた魔物大行進が手前の林の更に奥のに広がる平原エリアの数10キロ程先の地点に居る。
アルが大壁の上で騎士団からの報告をまとめ、作戦を練っているのだが、アルはとても渋い顔をしている。
心配になり、僕が、
「大丈夫か?」
と声を掛けたのだが、アルは悔しそうに、
「ケン兄ぃ、ヤられたよ…このままでは夜間戦闘になるから…バリスタで迎撃するのも難しい。」
と言っている。
僕も少し対策を考えた後、弟に、
「今年の冬は寒くて大変だけど我慢出来るなら何とかするよ。」
と提案すると、アルは首を傾げながら、
「冬が生きて迎えられるのならば、何だって我慢するよ。」
と言うので僕は、
「町中の薪に今年の稲藁、それに、ミロおじさんとレオおじさんの丸太置き場の木材、最後は勿体ないけど貯蔵庫の酒も使って目の前にの林を燃やして、かがり火にしてやろう!
今からでも僕のマジックバッグならば間に合う。」
と提案すると、アルは、
「冬場の薪はダント兄ぃに後から買いつけに走って貰えばいいね…でも、お酒は…良いの?」
と心配するので、僕は、
「所詮酒なんて人生を楽しむ為の道具の一つだ、人生そのモノより大事な筈は無い…ただ、数年モノの酒を蔵ごとお買い上げして貰うんだから、相手にはそれなりの対価を払って貰うがね。」
と言ってから作業に入り、
住民全員で手分けして燃えるモノを集めてマジックバッグに収納して、夕闇迫る大壁から数百メートル離れた林の数ヶ所に丸太や薪を組み酒樽に藁を仕込み大きなキャンプファイヤーの準備をして、酒樽と藁を仕込んだ上に魔石ランプを乗せて、ダッシュでコステロ地区の大壁の上まで戻り、アル達と合流してその時を待つ事にした。
アルは住民や騎士団に、
「これから、町を上げての戦に入ります。
夜間の戦闘になるので、子供達や女性達は、中心街まで下がり待機して欲しい、
ただ、夜通し戦うので、明日の朝は少しガッツリした物が食べたいかな?」
と言うと、皆から笑いが起こり、女性陣からは、
「御領主様、任せてください!」
と返事が来て、子供達からも、
「ワタシ達もお手伝いする。」
と、頼もしい声が上がり、男達からは、あれが食べたいだの、酒が無くなって悔しいだのと騒ぎながらも、
「御領主様、獲物の方から来てくれるんだ、明日は1日休みにして、丸焼き祭りとしゃれこみましょうや!」
と盛り上がる。
とても危機的状態とは思えないこの雰囲気は、ここ数年、住民総出で様々な事を乗り越えてきた小さな名もない村のだった頃からの絆のようなもので、高く頑丈な石壁や、この世界では異質な兵器を持っているからでは無くて、一人一人が信頼して協力出来る環境を作ったからこその心の余裕である。
アルは、
「では、皆、
手前の雑魚は無視して、真ん中から後ろのデカいのと、壁を飛び越えそうな羽根のあるのを狙って倒すよ!」
と言うと、
「応!!!」
と心強い返事が帰って来た。
そして、その夜…普通であれば草木も眠る丑三つ時だろうが、殆どの住民は、地鳴りのような音に眠る事も忘れ、真っ暗な東の大地に意識を集中させていた。
大行進の先頭集団の角ウサギ達が、壁に激突死したりバリケードに使っているミラちゃんとトールの共同作品であるストーンニードルという石で出来た針山にぶっ刺さる音が聞こえはじめると、ブラウン騎士団長がアルの指示を受けて、
「火矢に点火!放てっ!!」
と叫ぶと、布を巻き油を染み込ませた矢に火が点けられ、林に点在する魔石ランプに目掛けて小型バリスタの火矢が放たれる。
酒樽を粉砕し、藁に着火した火はアルコールの力も借りて燃え上がり、夜の闇に火柱が上がり、その炎に驚いた小物は隊列を崩し四方に散らばりはじめる。
明かりを手に入れた我が方は、水を得た魚の様にバリスタの雨を降らせ、炎と、石壁の迷路でアミダくじの様に右往左往している魔物を次々に倒しはじめる。
周囲の仲間の死に我にかえり離脱する者も現れ、数をガタリと減らす魔物軍団であるが、敵の総大将と思われる空飛ぶライオン率いる異形の一団は、バリスタの驚異を理解したのか、射程内に中々近づかない…その間も、中型や大型の一般的な魔物は前を走っていた魔物の死体を踏みつけながら大壁までに近づいてくる。
巨大な歩く木の魔物が大壁に向かい突進し、何発もバリスタの矢を食らいながらも前のめりに倒れ込み、大壁の一部を壊しながら町の中へと入る為の丸太橋の様に命を落とす。
それを見た二足歩行の肉食恐竜が、我先にと進軍を開始したので、十分引き付けてから、僕は、
「残念でした!」
と、マジックバッグでニュルンと丸太橋として壁に寄りかかっていた木の魔物の死体を回収し、異形の魔物の小さい方は、近い者はクロスボウの毒矢や出血矢の餌食になり、弱った所を魔法師団の魔法で、首を落とされたり、地面から生えた岩の槍で串刺しにされたり、頭を吹き飛ばされたりと散々な最後を迎えていた。
近くで見た肉食恐竜は全て腕輪の様な物をしており、おしゃれを気にする種類の魔物で無い場合、何かしら人の手が加わったモノである事を意味しているのだが、それを確かめる暇もなく、射程外にいた三体の異形が、咆哮を上げて此方に向かってきている様であった。
仲間を倒された事に怒っているのか、仲間の死を悲しんでいるのか…ここまで響く咆哮と、ゆっくりと明るく成りゆく東の空を背にした黒い影の様なシルエットが、此方に向かい進んで来ていた。
三体の異形が魔物の死体を踏み越えているということからバリスタの射程に入った事が分かり、バリスタが唸りを上げる。
マンモスはバリスタの直撃を食らい、切ない声を上げているが、黒光りしている地竜にはバリスタが効いていない様で、更に空飛ぶライオンは空中でバリスタの矢をバラバラに切り裂いて見せた。
その一瞬で、ライオンのタテガミの中に樽が見えて、振り抜いた銀色の爪から斬撃が飛ぶのが確認出来た事から、僕は、アイツの爪は僕の『聖水』と同じ能力が有るのでは?と考え、魔力が使えない魔物が飛斬を使うにはシェリーさんの手袋みたいに外部の魔力タンクが必要になると仮定すると、あの雪山の救助犬のような首の樽の意味が理解できた。
弱ったマンモスは、このままバリスタでイケるが、鉄地竜と飛びライオンはバリスタをバラバラに運用していては倒せない!
アルも馴れない指揮をとりながら奮戦しているが、この状況を把握するのがやっとである。
僕が、
「アル!飛んでる奴は爪から斬撃を飛ばせる!
接近されると厄介だ!僕が引き付けておくから、毛むくじゃらを片付けた後、全力で鉄地竜を狩って、バリスタの一斉攻撃で飛んでる奴を倒すぞ!!」
と提案すると、アルは、
「毛むくじゃらは体力がありそだから、倒してる間に鉄地竜が来ちゃうよ。」
と泣き事を言い始める…無理も無い話だ…いきなりこんな戦に駆り出され、咄嗟の判断をせねば多くの犠牲が出てしまうのだ…
『しっかりしろ!』とアルに声をかけようとした瞬間に、
スチャっと大壁の上に現れたのは、魔法少女セクシー・マンドラゴラ姉さん率いる『蝶』のメンバーだった。
セクシー・マンドラゴラ姉さんは、
「あの、カチカチの硬ったぁ~いのを、私達の魅力で暫く足止めしてあげちゃう!」
とアルにウィンクを飛ばしている。
アルは更に放心状態になってしまったので、僕が代わりに、
「マン姉ぇが頼りです。ヨロシクお願いします!」
と叫ぶと、アルもビクっとして頭を下げた。
大丈夫か…アル…危機的状況で見るには刺激が強いけど、頑張れ…
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