第117話 思っていたのと違う

本陣の朝は早い、今日から毎日二頭~三頭の地竜の血を採集して錬金素材に生成する作業を行う目標なので、1日で約五人分の素材が出来るので少なくとも、6日、フルポーションまでここで生成するのならばプラスで3~4日を要するので10日前後ここでキャンプする事になる。


ナビス伯爵が騎士団を前にして、


「我が家の五人の騎士達…仲間が待っているからと焦ってはいかんぞ、地竜の血は貴重だが、皆の命の方が貴重である。

いざとなれば地竜の首をはね飛ばして倒しても構わない。

目標は15頭の地竜…敵は強いが勝てない敵では無い!

我々にはアル・ファード騎士爵殿の率いるファード騎士団の方々と、聖人様と聖女様も味方について頂いている。

時間がかかっても良い…無事にフルポーションを持ち帰ろう!!」


というと、五人の騎士が、ガシャリと鉄製の鎧の胸に拳を当てて静かな闘志を燃やしていた。


リチャード様が、コッソリと僕に、


「ケン殿、ウチの五人の騎士達なんだけど、実は聖女様の信者なんだよ。

生きる事を諦めていた時に、叱って、生きる道を指し示してくれた事を感謝してるみたいで、あの鎧の下の服には胸の所に茶色の猫の刺繍が五人共に入っいるんだよ。」


と、楽しげに話してくれた。


では、先ほどのガシャリはシェリーさんに勝利を誓ったのかな?と思っていると、リチャードさんは続けて、


「でも、私と父上は、パンツ聖人様の信者だよ。」


と、よく分からないドヤ顔をしていた。


『クソ…あの劇団の公演のせいでパンツ聖人という通り名が王都でもしっかり広がっているのか…』


と、残念な気分のまま討伐初日が始まった。


岩山の上から地竜の姿を探して移動し、地竜の生息地を見下ろせる位置にマジックバッグからバリスタ大と小を取り出して、ファード騎士団がセッティングを始める。


予定では、目的の地竜はナビス騎士団の五人が倒しに向かい、近場の別の地竜はバリスタで弱らせ、ファード騎士団が足止めをしている間にファード騎士団の水魔法師の四人が、前回の僕達の様に水操作で溺れさせる手筈で、バリスタの矢を刺しっぱなしで回収すれば、出血量も少ないだろうし、倒している間にナビス騎士団も休憩が出来るだろうと思っての作戦である。


トール達仲良しチームの四人はナビス騎士団のサポートでトールとミラちゃんの土魔法カップルは、アースバインドというザイッチの冒険者ギルドマスターが甥っ子に使っていた土の拘束魔法で地竜の足止めと、炎魔法のディアス君と風魔法のシルビアちゃんの姉さんと舎弟の様なカップルが、炎と風のコンビネーション魔法で地竜を翻弄する役目である。


前回の様に妻帯者の地竜の場合は、新たに現れた地竜は僕とシェリーさんで対処する為に高台から辺りを警戒する担当で、


今は、前線基地にしている高台から地竜を探すのだが、サーラスが居なくても地竜の索敵は簡単で、一頭一頭が大きく、一頭見つければ、縄張り意識が強いのでそこから等間隔で縄張りがあり、縄張りの中の中型や大型の魔物は追い出されるか食べられているので、地竜だけを気にしていれば大丈夫なのだ。


先ずは岩山から下った前回の泉周辺を狩場として、手前の個体にナビス騎士団が狙いを定めて駆け降りていくと、トール達も後を追い坂を降りて泉へと向かう。


地竜が縄張りに入ってきたナビス騎士団を撃退する為に鬱陶しそうに体を起こしてナビス騎士団に迫る…するとナビス騎士団は散開し盾とメイスの二人が進行方向に立ちふさがり、それをサポートする様に大剣と、槍の二人が撹乱をして、その隙に騎士団長がハンマーを振り上げ、地竜の足先の爪ごと叩き潰すようにハンマーを振り下ろす。


足の指が粉砕され痛がり、口を開き騒ぐ地竜の口の中にディアス君の炎とシルビアちゃんの風の魔法が叩き込まれ弾けて混ざり爆発すると、爆音と鳴き声が混ざった咆哮が響き、次の瞬間トールとミラちゃんによる共同作業のアースバインドが地竜の足に絡み付く。


4つある足のうち2つの自由を奪われた地竜の残った足をナビス騎士団長が丁寧に粉砕し、立っていられなく成った地竜の目を槍で潰し、大剣を首筋に叩き込む…


『あれでは血が吹き出すのでは?』


と岩山の上から見ていた僕は、一瞬声を出しそうになるが、ナビス伯爵様が僕に、


「大丈夫ですよ聖人様、あの五人は体が元に戻ったあの日から地竜を狩るためだけの訓練を積んできました。

あの大剣は刃すら付いていないいわば平べったい棍棒です。

騎士団長も背中の剣を使う事なくハンマーで戦っております。

仲間にフルポーションを届ける為に最低限の出血で地竜を絶命させるべく知恵を絞り合い訓練を重ねた日々…聖人様もあの五人の努力の成果を見守ってやって下さい。」


と、語った次の瞬間、刃の無い大剣で叩き折られた首はダラリと地面に項垂れて、その頭に騎士団長のハンマーが落とされた。


ぐるりと、まだ見えていた筈の地竜の片目が裏返り、顎をガクガクと痙攣させた後、ファード騎士団の鑑定スキル持ちが、


「目標の沈黙を確認、回収お願いします。」


と指示が来た。


思っていた展開ではなかったが、思っていた以上に完璧な連携プレイに感心しながら、


「では行きますね。」


と言って僕も坂を駆け降りて地竜の回収に向かう。


続いてはファード騎士団がナビス騎士団の回復を待つ間に隣の縄張りの地竜を倒す為に動き出す。


作戦としては大型バリスタで足を貫き足止めをし、小型バリスタで目を潰す…機動力と視界を奪った後に水魔法師の水操作で溺死させるという作戦であるが、バリスタの威力が足りない場合は騎士団が魔法師の四人を守り離脱、助っ人にシェリーさんと僕が向かう手筈になっていたのだが、そこに誤算が有ったのだった。


大型バリスタで撃ち抜かれた前足は千切れ飛び、血飛沫を撒き散らし、小型のバリスタの矢も地竜の目奥に有る脳に達して絶命させてしまったのだった。


唖然としている僕に、


「ケン兄ぃ、血が勿体ないから急いで!」


とアル叫び、やっと坂を登ってきた僕は、再び下の泉を目指して駆け降りる羽目になってしまったのだ。


しかし、地竜の血がドクドクと流れ出ているのが見えて、『これはいけない!』と、足に気力を纏わせる様に身体強化をかけて、フルパワーで地竜に向かう。


新たなるニチャニチャ装備に仕込んである鉄板のアントメタルの加速の効果で瞬時にトップスピードまで速度を上げた僕は、マジックバッグの口を開けたまま地竜に突進して、ニュルンと地竜を回収した。


唖然としている水魔法師の四人に、


「ゴメン、作戦の練り直しだ…バリスタだけで倒しちゃったよ。」


と、告げると、四人はまさか騎士団に入り、いきなり地竜と戦わされるとは思ってなかったのに、気合いを入れて地竜の隣を走り抜けたという事実に、今になり改めて恐怖を覚え、ヘニャリと腰が抜けて座りこんでしまっていた。


こりゃ、この四人を今日の内に再び戦地に送るのはマズイと思い、今日の狩りはファード騎士団は待機に回した方が良いと提案し、ナビス伯爵とアルの判断で、初日から無理をするのを避けて、一旦本陣に戻る事に成った。


ナビス騎士団を連戦させるよりは安全をとる判断で、ファード騎士団もバタバタと今後の作戦を練り直しているのだが、本陣に戻り今回の件で一番てんてこ舞いしたのは、いいもの製作所のメンバーである。


「大型で足を貫くと足を引きちぎるから足止めには使えないし、千切れた足を試し撃ちしたが、目玉から脳は撃ち抜けるらしいが、鱗を貫通させるのは小型バリスタでは難しいかもしれない…」


と鍛治師のベントさんが頭を抱えている。


ベントさんは、僕に、


「どうしましょう所長。」


と、忘れかけていた所長設定を持ち出して、相談して来たので、僕も知恵を絞る羽目になってしまったのだ。


いいもの製作所のメンバーの輪に入り、


「うーん、うーん…」


と何でも良いから出てこい!と頭をフル回転させる。


必要なのは足止めと、視力を奪い安全に水魔法使いにトドメを刺させて経験値を貰える様にする事なのだが…ダメ元で人差し指に唾をつけて、とんち小僧みたいにポク・チンするしかないかな?等と考えていると、ナビス騎士団の刃の無い大剣やナビス騎士団長のハンマー攻撃を思いだし、思わず


「そうだ!」


と叫び、ポク・チンしなくてもナイスアイデアが浮かんだ自分を誉めてあげたい気分になったのだった。

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