第115話 訪問して話すこと
さて、本日はドットの町に、ちょっと話をつけにきている。
アルに聞いたパンツ聖人布教計画の黒幕であるニック・ファーメル男爵様に、一言…いや、たっぷり文句をいうべく代官屋敷に乗り込んできたのだが…
「ケン殿の行く所に事件ありだな…」
と部屋に入って第一声で意味深な事を言われて出鼻を挫かれた僕は、完全に怒るタイミングを逃してしまっている。
仕方なくニック様の話を聞く事にしたのだが、辺境伯家の秘密諜報部隊の旅劇団、渡り鳥のメンバーが王都で探りを入れた結果、ナビス伯爵に治癒の実などという怪しいネタを吹き込んだという行商人を見つけ出したというのだ。
その行商人は今回、子売りのマーカスから発覚した一連の違法奴隷売買の一件で取り潰された伯爵家の息のかかっていた行商人であり、その伯爵家の逮捕に向かったのが法務大臣配下のナビス伯爵とその息子リチャードさん達だったらしく、取り潰された伯爵や男爵の家の誰かか、または少年趣味仲間で過去に少年を買った為に罰を受けた貴族の誰かの策にはまりナビス伯爵家は壊滅状態に追い込まれた可能性があるらしい。
しかし、問題なのはナビス伯爵家の跡取り息子のリチャードさんが病に倒れていないと始まらないことで、あの病気も誰かに何かをされていた可能性が高いのだが、探りを入れても何も出て来ないので何とも言えないのだとか…
突き止めた行商人は自分の話を信じさせる事が出来る『話術』スキルの所有者で、有りもしない治癒の実を探しに行かせる為に、ナビス伯爵に近寄り、取り潰された家の者から指定された場所にナビス騎士団を向かわせる事に成功したことは確かだったのだが、騎士団が出会ったという未知の空を飛び風魔法の様な攻撃を放つ魔物という危険生物は騎士団が壊滅した場所にはもう影も形もなかったらしく、住んでいたり狩り場にしていた痕跡が無いということは、その魔物も誰かに使役されていて騎士団を襲った可能性が有る。
その後も渡り鳥のメンバーが方々手を尽くしたが、それ以上の情報は手に入らなかったらしいのだ。
つまり、証拠は見つからなかったのだが、何かしらの陰謀と、取り潰された家の者からの逆恨みの可能性が疑われるという事が解ったとの報告だった。
僕は、うんざりしながら、
「何それ…もう、その行商人さんをとっ捕まえて、知ってる事全部吐かせて、出て来た名前の奴を片っ端から引っ張ってきたら良いじゃないですか…」
というと、ニック様はタメ息まじりに、
「既に、実施済みなのだ…行商人は拷問をして、出た名前の者を数名捕まえたのだが、その者は使い捨ての駒だった様で、捕まえただけで奴隷紋と隷属の首輪ではない未知の契約の呪物か何かで、苦しむ時間も与えられずに命を落とした…」
と教えてくれた。
因みに取り潰された主犯の伯爵と、マーカス本人と直接関わっていた奴隷商人と橋渡し役の男爵は揃って既に刑場の露と消えているが、家族や一部の配下の者は、居づらく成って何処かへ消えたのか、一切居場所が解らなくなっており、もしかしたら、その中の誰かが起こした事件かもしれないがこれ以上の追跡が出来ないのだそうだ。
『面倒臭い、実に面倒臭い…』
と、呆れる僕だったが、今はやった奴を炙り出す前に、やられた方の救済が先である。
夏にフルポーションの材料集めにナビス伯爵様が来るので、ニック様にはドットの町でフルポーションの加工が出来る体制を整えて欲しいと頼むと、ニック様は、
「アルから聞いておる。
ケン殿がパンツ聖人グッズの件をあまり面白く思っておらんと…しかし、あの演目のおかげでお菓子巡りと、ドットの町の名前が響き渡り、我が兄ボーラス準男爵の悪行が知れ渡るという絶大な効果が出ておるのだが…
よし、ここらで聖人様のご機嫌を直して頂く為にも全力で力を貸そう。
ドットの町の錬金ギルドと力を合わせて準備するので、フルポーションの製作は任せろ。」
と言われたので、怒ったついでに手伝わせる計画だったのだが、先に提案されてしまい不完全燃焼のまま代官屋敷をあとにした。
『アルめぇ~!先にニック様に入れ知恵しやがったな!!』
と、少し一枚上手だった弟に不満を抱くが、まぁ、将来の義父と実の兄の衝突を回避したかったのだろう…と考え直して村へと帰還した。
そして、夏の気配が我が家の周りでも感じられる様になった頃に、駆け落ちをしてから約20年ぶりとなるエリーさんとナビス伯爵様達の家族の再会がウチのご近所で行われているのだが、ここ数日リントさんが刑の執行を控えた囚人の様に教会で神に祈りを捧げる毎日を送り、今朝などは、
「皆、今日までありがとう…」
と、数日眠っていない様なクマを作った顔で別れの挨拶に来た程だった。
僕が、
「大丈夫だと思いますよ…」
と言っても、リントさんは、
「ありがとう、気休めだと思うけど、ケン君に言って貰えると、少し大丈夫な気がするよ、ハハハ…」
と乾いた笑いを見せていたリントさんだったが、その数時間後に到着したナビス伯爵様から、
「娘のわがままを聞いて辺境で暮らす事になったのだろう…すまんな」
と言われた途端に、緊張の糸が切れたのかリントさんは出迎えた玄関先で立ったまま気絶をしてしまいナビス騎士団の方々に担がれてエリー商会へと入って行ったので、今は何が話されているかは解らない。
それと、先ほどエリーさんの弟さんのリチャード様とも軽く挨拶をしたのだが、とてもあのベッドで横になっていた男性とは思えないぐらいにがっしり?とした姿になっておられ、
「聖人様の癒しの御業で、健康を取り戻せました。
あの日のプリン以来、甘味が好きになりまして少し太ってしまいまし…ここへ来るまでの町に寄り、甘味を食べまして…ほら。」
とニコニコしながら、リチャード様は鞄からお菓子巡りの地図を取り出して広げると、既に10近いスタンプが押されていたのだ。
楽しんでくれているようで何よりだが、地竜討伐に来たのだか、お菓子巡りに来たのだか解らない感じになっているリチャード様は、早く姉との再会をすませてドットの町に乗り込みたそうにしていた。
家族の語らいも終了した様で、笑いながらエリー商会から出て来たナビス伯爵様達は、
「では、アル・ファード騎士爵殿の屋敷に向かい、明日からの打ち合わせをいたすので、共に参りましょう。」
と言って、僕とシェリーさんを馬車に乗せてくれて、アルの代官屋敷へと向かったのだが、道中で、
「我らをドン底から救って頂き感謝いたします。
娘に再び会えたこの喜び…聖人様と聖女様のおかげでございます。
教会の治癒師がリチャードの診察に来て、完全に病が治っているのに驚き、ケン殿の話をすると、聖人様と聖女様のご夫婦が奇跡を起こされたと…お二方がお帰りになられた後で様々な事を知り、あの時は十分なおもてなしも御礼も出来なかった事を恥じるばかりで…」
と頭を下げられた。
どんな事を知ったのか、聞きたいような、聞きたくない様な…しかし、ナビス伯爵様の隣でニコニコしながらパンツ聖人ハンカチを取り出して、
「サインを下さいますか?」
と言われた瞬間にあえてこの話題は深堀りしない事を決めた。
『そういえば、王都でも公演してたんだっけ…』
そんな事を考えながらアルの代官屋敷に到着し、明日からの地竜狩りの前に、ダント兄さんとリリー姉さんにリンちゃんとの対面をしたのだが、ナビス伯爵様は、孫のリリー姉さんは勿論、ひ孫のリンちゃんを見るなりトロケて無くなるのではないか?という程の笑顔で、
「リチャードよ、今回の事が終われば私は引退してこの村に引っ越す!」
と宣言してから、
「おぉ、リンちゃん、可愛いのぅ~。」
とご機嫌でリンちゃんを抱っこしているのを見て、リチャードさんは、
「モテなくてスミマセン父上…」
と、寂しそうに語っていた。
リチャードさんは気さくなお兄ちゃんなのに、何で奥さんが居ないんだろう?…と不思議に思いながら、「ひーじーちゃんですよぉ~」と2歳になるリンちゃんを高い高いするタフなナビス伯爵様を眺めていた。
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