第113話 この思いを伝えたい
今年の冬はあまり雪も降らずに、ナナちゃんが作った雪ウサギも冬のうちに溶けてしまうぐらい、暖かな冬だった。
冬から春にかけては、お貴族様にとって社交のシーズンとの事で、アルは年末より各地のパーティーにお呼ばれしているらしく、
「ケン兄ぃも一緒に行こうよぉ~、貴族のお付き合いって難しいんだよぉぉぉぉ!!」
と、騒ぐアルをケビンさん達が馬車に押し込み連行して行ったっきりまだ帰ってきていない。
アルよ、スマン…お兄ちゃんも貴族さんとのお付き合いなど面倒臭いからパスなのだ…健闘を祈る…と、今は何処に連れて行かれているかも解らないアルに思いを馳せながら、ノーマッチカウの厩舎の寝藁交換を手伝っている。
しかし、本当に村で稲を育ていて良かった。
牧場で使う藁が手に入れたい放題で、寝藁にしても柔らかく餌にしても美味しいみたいでノーマッチカウも雲羊もギンカとカレーライスのラブラブカップルも厩舎でストレス無くのんびりと過ごしてくれている。
そしてついに僕の手袋の蓄えた気力の目安となる素材が、満タンを示す黒色に成ったのだ。
本当に牧場をはじめて良かった…毎日の様に弱い家畜魔物とは言え20頭ほどから気力を集めまくり、3ヶ月近くかかったのだから、狩りのついでに集めるなど至難の業である事を理解した。
地竜の時に空っぽになったシェリーさんの魔力の手袋の方は、地竜の魔石をはじめ、秋の狩りの成果で十分チャージされている…やはりシェリーさんの手袋の方が使い勝手が良さそなのが羨ましいが、これでようやく僕も身体強化の練習に入れるというものだ。
1日一回の吸収で3ヶ月、朝夕二回にすれば一月半で満タンになる…ノーマッチカウなどを増やせば更に早く満タンに出来るので、少々練習で気力を使っても空っぽになることは無いだろうし、補充も可能だからと、自宅の裏庭で以前シェリーさんに指摘された無駄を省いた身体強化を意識して、足の筋肉を意識しながら気力を大量に流すのではなくて纏わすように身体強化を行い思いっきりジャンプしてみると、屋根より遥か高くを飛んでいる自分がいた。
あまりの事に驚き、身体強化をオフってしまい、そのまま地面に着陸すると、ズーン!という衝撃が脳ミソまで駆け上がり、少し遅れて足裏からビリビリが上がってきた。
あまりの衝撃に、『着地の時も身体強化と膝のクッションで衝撃を逃がさなきゃ…』と、学習しながらも四つん這いでダメージからの回復を待っていると、
自分では解らなかったが、着地の時に結構な音がしたらしく、家からナナちゃんが『何か有ったのかな?』と様子を見るために現れ、裏庭の僕を発見すると、家の中に向かい、
「かーちゃん!とーちゃんが落ちてるぅ~。」
と、僕を落とし物みたいにシェリーさんに報告し、玄関口からシェリーさんがナナちゃんに、
「落ちてるって?」
と聞きながら裏庭の方に向かってくるが、ナナちゃんはなんと、
「えっと、とーちゃんが、キキ姉ちゃんのパンツ見ながら四つん這いになってるよ。」
と追加報告をするので、僕はハッとして前を見ると、確かに洗濯物が干されていて、骨盤辺りでヒモを結ぶタイプの小さな布がヒラヒラと…これはマズイとせめて体の向きだけでも変えようとしたのだが、
次の瞬間、『ワープでもしたのですか?』と思うほどの速さで裏庭に現れたターボ・シェリーさんに土下座状態の僕は髪を掴まれ、
「キキのパンツで何してたの!?」
と問いただされた。
『違うんだこれは!』と思いつつナナちゃんに助けを求めて視線を向けると、あれだけ騒いで事を荒立てたナナちゃんは、
「寒いからお家に入るねぇ~」
と、何かを察して帰って行ったのだ…『助けてよナナえも~ん!』と心の中で叫ぶ声はナナちゃんには届かずに、シェリーさんには、
「何処を見てるの?質問してるのは私ですけど!?」
と言われながら掴んだ髪をグワングワンと揺すられている。
頼む、死なないでくれ僕の毛根…耐えろ、耐えるんだ!と、思いながらも足の回復を待って、きっちりと説明をして、身体強化の練習をしていた事を話すと、シェリーさんは、おおむね理解してくれたのだが、
「なぜ、下着の干してある裏庭で?」
と聞かれ、そこまで気せず何となく練習風景を見られたく無かっただけで、僕の配慮が足りなかったのではあるが、何も毛根をピンポイントで虐めなくてもいいじゃないかっ!
と、少しイラつきながらも回復した足で立ち上がり、シェリーさんを抱き寄せ、
「シェリーさん、僕は、パンツなんかに興味なんか無い。」
と目を見つめながら無実を訴えると、ようやくシェリーさんも、
「そうね、ケンちゃんはパンツより中身だもんね。」
と言ってくれたのだが、これは人間としての中身…性格や人間性の話で有って、パンツの中身の話では無いのだが、何故かナナちゃんは家の中から全員を裏庭に連れてきていたらしく、ナナちゃんからどの様に報告されていたのか解らないがキキがモジモジしながら、
「そんなに、私のパンツの中身に興味があるなら…うん、血も繋がってないし…私は…」
と言いかけたキキはシェリーさんに連れて行かれて、サーラスからは
「セクシー姉ぇが言ってたよ、男にはどうしようもない瞬間があるって…」
と冷ややかな目で見られ、カトルには、
「ねぇ、ケン兄ぃは、キキちゃんのパンツで何してたの?…パンツの中身に興味って?」
と、直球の質問が飛んできた。
僕は、膝から崩れ落ちながら、
「違うんだよ…」
と、弁解しようとする僕の肩をナナちゃんが、ポンポンっと叩き、
「言い訳する男はみっともないんだよ。」
と、小さい頃からエリーさんがよく言っていたセリフで僕にトドメを刺してから、
「皆お家に入ろっ!」
とサーラスとカトルを連れてナナちゃんは去って行った。
それからしばらく僕は、足にダメージは無いはずだが、地面に四つん這いになり何かしらのダメージからの回復を待つ事になったのだった。
一応、疑いは晴れたのだが、家族の心に何か小さなササクレを残してしまった『裏庭パンツ事件』から数日、アル・ファード騎士爵様がご帰還された。
なんだか弟は疲労から老け込んでいたのだが、それよりも、
「ケン兄ぃ…行く先々で色々な貴族の方々に感謝されたよ。
僕なんて何もしてないのに、ケン兄ぃのおかげで…手土産の蒸留酒も喜ばれてるのに、僕は何も…」
と完全に自信を失くして帰ってきてしまったのだ。
僕は、
「成ったばかりだから仕方ないだろ。
アルがこれからやる事は部下を育てる事だよ。
アルは僕よりも賢い、賢いが、一人ではやることが沢山で手が回らない。
勉強を子供達に教え、腕自慢は衛兵や騎士団にスカウトして育てあげ、他の貴族家には無い強みを今から整備するのがアルの仕事だよ。
だから、パンツ聖人を広めるのは止めないか?」
と言ったのだが、アルが、
「パンツ聖人はニック様の発案だから…」
と、主犯の名前をゲロしやがった。
『近々乗り込んで文句を言ってやる!』
と心に誓い、アルと少し相談をはじめる…それは、冬場に、いいもの製作所が作ったバリスタについてと、来月卒業するトールからの手紙についての相談である。
文官長のケビンさんと、騎士団長のブラウンさんにも集まってもらい、試作バリスタのテストの為に近場に軍事訓練がてら狩りに出かけませんか?という提案と、
トールからの手紙で、卒業後にファード家に魔法師として雇用して欲しいとのお願いが書いて有ったのだが、ブラウン騎士団長の娘であるシルビアちゃんもファード家での雇用を希望しているらしく、魔法学校で休日の狩りを共にしていた同級生のディアス君とミラちゃんも四人まとめて雇用出来るか?という内容の会議を開いた。
会議の結果、魔法師は潰しが効くので、ブラウンさんの家にいた魔法師さんは既に他の貴族家で雇用されているので、魔法師は喉から手が出る程欲しいらしい。
「出来たての貴族家で給料は安いかもしれないが、来てくれるならば四人でも倍の八人でも大歓迎だ。」
と言ってくれたので、僕が、
「では、すぐにトールに教えてあげないと。」
というと、アルが、
「それなら大丈夫だよ。」
というと、会議室に一人の男性が入ってきた。
男性は、
「ファーメル騎士団、通信部隊パーカーであります。
本日付けで、ファード騎士団通信部隊隊長へと転属となりました。
以後お見知りおきを。」
と自己紹介をした男性に見覚えがある。
それは、デスマッチカウを狩りに行った時と、宿りバチの時に顔を合わせた事のある騎士団員さんだった。
パーカーさんは、
「聖人様…いえ、その呼び方はお嫌いでしたね…ケン殿、あの時は蜂巣の前で倒れている私を命がけで救って頂きありがとうございました。
ファード家の通信部隊への話をピーター隊長に聞いた時に、ようやく恩返しが出来ると…」
と言いながら涙を流すパーカーさんは、あの時、婚約者との結婚を目前に控えた遠征での出来事だったらしくとても感謝をしてくれていた。
パーカーさん意外にも複数転属願いを出した者がいたらしく、ファーメル家の騎士団長が呆れていたのだとか…しかし、彼がアルの配下になってくれたおかげで、遠くの町まで騎士団の連絡網を使い、トールに採用決定の報告が出来るのだ。
しかし、個人的な連絡で騎士団の連絡網を使って良いのかな?と心配していると、アルが、
「我が家の騎士団への採用通知だから、良いんじゃない?」
と言ってくれたのでお願いしておいた。
しかし、これでアルが他のお貴族様と悪巧みをし易くなったのだが、パンツ聖人みたいな変なヤツは勘弁してくれよ…と心の中で追加で願う僕がいた。
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