第106話 夏の狩場へのお誘い
何だか申し訳無い気分で、村に返ってきたのは日差しが暑くなりはじめた初夏だった。
なぜ、申し訳ないかというと、オズワルド伯爵様が指名依頼で割りの良い仕事をまわしてくれるし、冒険者ギルドマスターのフローレンさんは、甥っ子の命を助けてもらったからと、滞在中ギルドの厩舎に預けていたギンカのエサのクオリティをランクアップしてくれたり、係員さんに指示してブラッシングなどをサービスで提供してくれ、ギンカが一回り太く、艶々の毛に成って戻ってきたのだ。
多分ギルドポイントもサービスしてくれたのか1ヶ月であと一件ほど高ランクの依頼をこなせばBランクに上がれそうな程に成っている。
そして現在は、何でも屋としての草引き依頼を新たに何でも屋見習いとなったGランク冒険者の三人の男の子の教育を兼ねてギースが現場監督となり指導しているのを見学した後に、祝福の家に顔を出して、いいもの製作所に依頼していたブランコやシーソーの設置の現場監督をしながら五歳前後の子供達グループにもみくちゃにされている。
ここ1ヶ月でこの村にも馴れたヤンチャ盛りの子供達の遊び相手をしてヘトヘトに成ってしまったシスター達がブランコ等を見ながら、
「これで、少し楽になります…」
と沁々と言っていたので、スタミナいっぱいの子供達の相手は大変だったのだろう…
遊具が揃った広場では、僕をもみくちゃにしていた子供達が楽しそうに遊び、何故か砂場では卵鳥が1羽気持ち良さそうに砂浴びをしていた。
子供達の注意を引くためのペットとしてレオおじさんに持ってきてもらったらしいのだが、現在では飼っているというより、勝手に住み着いた居候の様に気ままに暮らしているらしいが…まぁ、家賃として卵を払っているらしいし、無害なので大丈夫だろう。
祝福の家をあとにして、近所の代官屋敷に向かい、『アルは格好良く貴族をしているだろうか?』と顔を出すと、ミリアローゼお嬢様が花嫁修業の為にドットの町に帰ってしまい、格好をつける必要の無くなった弟は毎日半泣きで、山積みの書類と戦っているらしく、
「ケン兄ぃ~、癒しが欲しいよぉ~!」
と、僕に泣きついて来たので、お土産のザイッチの町の新銘菓であるバウムクーヘンをマジックバッグから取り出して渡し、
「ガンバ!」
とだけ言って逃げてやった。
アルよ…お兄ちゃんは、お前が企画したパンツ聖人のグッズ展開を忘れた訳ではないからなぁぁぁぁぁぁ!
さぁ、もっと苦しむが良いぃぃぃぃっ!!
次はこの村でどんな事をしてやろう?貴族向けの商品を作り、アルに問い合わせが集まる様にしてやろうか…それとも国王陛下に美味しい料理のレシピでも献上してアルを出世させてやろうか!?
どちらにせよ、お兄ちゃんはアルが貴族の中での存在感が大きくなる様にと願っているのだから、それで、書類が増えてしまうのは仕方ない事…だよね…ねっ!!
と、心の中でアルに告げながら、次に向かったダント兄さんの商会で珍しい人に出会った。
それはカッツ会長である…
「ケン君、久しぶりだね!」
と嬉しそうに笑っているカッツ会長は、数年前まで、妻のアンジェルお姉さんに対して劣等感を抱いていたのは、もう過去の事で、
「ケン君のおかげで、乾燥パスタも好調だしドットの町も賑わっているよ。」
と自信に満ち溢れた雰囲気で話したあと、カッツ会長は少し照れくさそうに、
「アンも子供を授かり、もう、言う事無しだ…」
と話してくれた。
『ついに、アンジェルお姉さんがご懐妊かぁ…』
と、思って聞いていると、
カッツ会長は、
「君達兄弟と知り合ってから幸運続きだ…これは、エミリーゼ様に感謝の祈りを捧げなければな。」
と、言っていたので、
「是非、旨い酒と、それに合うおつまみを供えると効果抜群ですよ。」
とだけアドバイスしておいた。
アンお姉さんがおめでたなのは嬉しいが、カッツ会長が、あの様々な魔物のイチモツを使った薬を飲まずに済む様になった事にも心からお祝いした。
そんな日々を過ごしていた夏の日に、見覚えの有る荷馬車がウチに到着し、知ってる顔ぶれが降りてきた…老師達、銀の拳の皆さんだ。
老師は、
「ケン殿、地竜狩りに行こう。」
と、中島君が野球を誘いに来たぐらいのテンションで、この世界の最強生物ドラゴンさんの親戚筋の魔物である地竜さんの討伐へのお誘いに来たのだ。
地竜はドラゴンとは違い、飛ばないしブレスも吐かないが、とても硬いしデカい魔物で、牙や鱗等は装備品に、肉は貴族がパーティーのメインにするほど美味で、その血は新鮮であればドラゴンと同じくフルポーションの素材として使えるらしく、今回は僕のマジックバッグの力を借りて新鮮な地竜の血を届ける為に助っ人の依頼に来たのだと話してくれた。
勿論、手伝えばギルドポイントも入る高難易度のクエストだし、断る理由も無いのでシェリーさんと二人で受ける事にし、勉強がてらカトルとサーラスにも声をかけてみたのだが、地竜と聞いてキッパリと断られてしまったので、再びシェリーさんとのお出かけである。
まぁ、ギンカのダイエットにも丁度良いだろうと出発したのだが、向かった先はドットの町の西に位置する高原エリアの奥、あのマンドラゴラの生息地の更に奥に位置する山のふもとで、ドットの町を諸事情で避けてもらった為に通り道には村等も無くキャンプと朝夕には拳法の練習をしながら進む。
『そうだった…老師のパーティーは朝夕の稽古があるから移動速度が遅いんだった。』
と思い出した時にはもう遅く、兄弟子さん達を中心に朝夕にクタクタに成るまでしごかれる毎日が始まったのだが、しかし、疲れる事ばかりでも無く、南都流の体の使い方が学べるのだからある意味儲けものだ。
それと、旅を始めて直ぐに老師達は運命の腕輪で僕が水魔法が使えるのは知っていたのだが、結婚の儀の時にもらった手袋でシェリーさんまで水魔法が使える様になった事は知らなかったので夫婦揃って水操作の練習を始めた時には、皆は腰を抜かす程に驚いていたが、今回の作戦には水操作が重要らしく朝夕の稽古のメインは老師との水魔法の訓練に変わり、3日目の稽古では魔法レベルが上がった様で知らない内にウォーターカッターという魔力で圧縮した水の刃を飛ばす魔法も使える様になっていた。
老師が、
「もしかすると、同じスキルを二人で育てているから成長が早いのかも知れんぞ、水魔法使いはウォーターカッターが使えてはじめて一人前じゃから、魔法が使える様になって数年で身につけた者は聞いたことが無い…」
と言っていたのでシェリーさんと水魔法を使いまくれば、老師みたいに触っただけで相手の体内の水分を抜き取る『スーパードライ』が使える様になるかも知れない…と、まぁ、そんな感じで馬車二台で移動し、たまに狩りをして、キャンプと稽古を繰り返すこと5日、かなり高い山のふもとの岩場にある地竜の生息地に到着した。
僕が馬車を停めてギンカを木にくくりながら、
「ビックリです…案外町の近くに地竜が住んでいるんですね。」
と呟くと、キャンプの準備をしてる槍使いの兄弟子さんが、
「こっちは畑の作物みたいにマンドラゴラを引き抜く新婚夫婦っていう不思議生物にビックリしてるよ…」
と呆れていた。
僕は、
「夏はマンドラゴラのシーズンですしね、そろそろ買い取り依頼が復活してないかなぁ?と思って、念のためですよ。」
と言いながらマジックバッグから食材を取り出して夕食の準備をはじめていると、老師が、
「地竜がこんな人里に近寄るのはこの時期だけじゃな、あの山の向こうの更に奥には魔境と呼ばれるドラゴン達の夏場の狩場があり、弱い地竜の一部が巻き添えを恐れて逃げてきているのだよ。」
と教えてくれた。
すると、料理を一緒に作ってくれている風魔法使いの姉弟子さんが、
「この辺りにマンドラゴラが沢山有るのも、春に実を付けるマンドラゴラの実を地竜など魔境から逃げてきた魔物が食べて移動するのを繰り返したからなのよ。」
と説明してくれた。
この旅は色々と勉強になるな…
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