第103話 大都市ザイッチにて

ドットの町を逃げ出し、僕達の事を誰も知らない町を目指してやって来たのは、辺境伯領で5本の指に入る大きな町の一つザイッチという辺境伯領の真ん中辺りに位置する盆地の町である。


ここから北に4日ほど移動すればココの町で西に2~3日程で、鉱山の町ロッカにたどり着く…まぁ、南東に4~5日で次男坊の町シルバにも行けるという物流の中心地で、大概の物はザイッチで揃うといわれる商業の町であり、ミゲロ伯爵とは正反対で第一印象からとても人当たりの良いオズワルド伯爵様という年配の紳士が代官として統治する町である。


お菓子の研修の時に村に来て丁寧な挨拶をしてくれたオズワルド伯爵様にまずはご挨拶をする為にシェリーさんと向うのだが、これは前から辺境伯様にも、


「出先で問題に巻き込まれたり、何かの時に連絡が着かないのは困るから、長期遠征に出る時は、辺境伯派閥の町ならば代官か領主に挨拶に行くように。」


と言われていたからだ。


ほぼ城のような代官屋敷の入り口に続く門で門兵の方に、


「オズワルド伯爵様に、ザイッチの町で1ヶ月ほどお世話になりたく、セント村のケンがご挨拶に参りました。」


と言ったのだが、門兵さんは、


「何処の村の田舎者か知らんが、そんな事でいちいちオズワルド伯爵様に会えると思うな!

帰れ、帰れ!!」


と、追い返された。


普通ならば、怒る場面なのだろうが僕は、


『よし、顔はおろか、名前すら広まって無い!』


と内心ガッツポーズをしながら、


「では、一応ご挨拶に来ただけなので、」


とザイッチの町の冒険者ギルドの宿を目指した。


冒険者ギルドが運営していたり、提携した宿では、1ヶ月単位で部屋を借りる事が出来て、冒険者ランクに応じて少し割引も有るので大変お得なのだ。


シェリーさんが、


「ちゃんと挨拶しなくて良かったの?」


と心配していたので、


「ドットの町に行くとアルには言ってあるし、ニック様も挨拶に来ないから冒険者ギルドにでも問い合わせて、ザイッチの町の近所で、この時期に大量発生するカエル魔物を狙って来るグランバイパーという蛇の討伐依頼を受けた事ぐらいは解るから、何か有ったら念話網で探すだろうさ。」


と答えておくと、シェリーさんも、


「それもそうね。」


と、納得してくれた。


宿も決まり、買い物は稼いでからにしようと早速、町から馬車で半日程のカエル魔物の発生地に向いながら、

そういえば、ドットの町の池でもこのシーズンはカエル魔物のジャイアントフロッグが大量発生すると言っていたな…と、あの時ギルドの食堂で食べたハニーマスタード風ソースのカエル肉のピタパンサンドを思い出していた。


しかし、所変われば魔物も変わり、こちらの池では、あまりジャンプもしないカエルの魔物で、地面に潜り水場に来た小型の生物であれば、種類をとわず食らいつく大食漢の、ヘルツノガエルというサイケデリックな模様のデカいカエルが、この時期のDランクやCランク冒険者の良い小遣い稼ぎに狙われている。


そして、この馬鹿デカいカエルをオヤツ感覚で食べてしまうかなりデカい蛇魔物が僕らのターゲットだ。


グランバイパー討伐はBランクの依頼だが、ギルドの決まりで、自分のランクの一つ上のランクの依頼までは受けれるからと、少し背伸びしてシェリーさんと受けたのだけど、少し後悔している自分がいた。


ターゲットはすぐに見つかり、近づけば何とかなりそうでは有るが、近づくまでの地面に地雷の様にカエルが埋まっていて、不用意に近寄ると足にカプリと麻痺噛みつきを食らう。


僕もシェリーさんも状態異常無効スキルを共有しているので麻痺に関しては構わないのだが、食らいついて離さない特性の方が厄介で、一匹を相手しながらゴソゴソしていると隣のヤツまで現れて噛みついてくるのだ。


他の冒険者達は生息地のエリアの端から丁寧に長めの槍で地面をサクサク突っつきながら一匹ずつ倒しているが、僕達のターゲットの蛇は、カエル達の生息地のど真ん中で腹一杯で眠りこけている。


僕は、


「シェリーさん、これってあの蛇に近寄る為にカエルを山ほど倒さないとダメかな?」


と足に噛みついているカエルから気力を奪いながらシェリーさんに聞くと、


シェリーさんは、水魔法のウォーターバレットを進行方向にばら蒔くと、振動を感じたカエルが飛び出し、それを今回もレンタル中のニチャ棍Gで粉砕しながら、


「地道に進むしかないわね…」


と言っていたが、僕が気力を吸収しながら一匹倒す間に、シェリーさんはモグラ叩きの様に大量にカエルを倒して、『地道とは…』と考えてしまう。


やはり、手袋の性能差が激しい!


気力の吸出しに数秒かかるし、まだ満タンに出来た事が無い上に、何回か身体強化を使えば、あっという間に青から水色に変化してしまい、あんなに集めるのが大変だったのに…と悩んでいると、シェリーさんが、


「ケンちゃんの身体強化は無駄が多いからだよ。」


とアドバイスを言ってくれたが、出力調整の練習をする為にも気力が必要となるので結局手間だ。


しかし、只でさえステータス補正が凄いのに更に身体強化をした事で、爆発的なパワーは出せる事が判明したが、ちょっと殴っただけでミンチになってしまった森狼を眺め、大好きな鳥に投石スキルで石をぶつけると爆散させてしまうレオおじさんの気持ちが少し理解でき、博士に作り出された悲しい怪物の様に、


「僕が欲しかったのはこんな力では無いのに…」


と悩んだ事を思い出しながら、シェリーさんの倒したカエルを回収しながら、たまにピクピクしているカエルから気力を抜き取るという火事場泥棒みたいな手法で気力を盗みつつも、


「これでは駄目だ!」


と思い直した僕は、


「シェリーさん、あの蛇野郎は僕に任せてくれない?」


とシェリーさんにお願いすると、


「うん、いいよ。

もう、グランバイパーの縄張りみたいだからここら辺からカエルも居ないし、私休憩してるね。」


と言って池ほとりの岩に腰掛けるシェリーさんに、


「じゃあ、行ってくる!」


と格好良くグランバイパーに向かい走り出したのだが、流石にドッカン、ドッカンとヘルツノガエルを叩きのめしている音でお目覚めになっておられた様で、いきなり毒液をブッシャァァァァ!と吹き付けられた。


麻痺攻撃が得意なヘルツノガエルさえ動けなくなる強い麻痺毒液だが、勿論僕には効かない…しかしそんな事など知らないグランバイパーは、


『はい、痺れさせてやった。』


ぐらいに思っているのかユックリと僕の周りをグルグル回り身体で壁を作り、痺れて動けなくなった僕を食べるつもりらしい。


僕は、毒液まみれの自分をクリーンでは無く水魔法の水生成で作り出した水で包み、毒を洗い流した後にマジックバッグから、冬に入れておいた雪ブロックを空中に浮かぶ毒液混じりの魔力を纏わせた水に放り込み冷やす。


そしてヤツがご丁寧に、トグロを巻いて囲った僕を覗きこんだ瞬間に、用意した冷たい毒液入りの水を放つと、ソレはグランバイパーの鼻の穴へと意思を持った蛇の様にスルスルと潜り込んで行った。


これは僕が一年間毎日の様に練習してきた水魔法と魔物図鑑の知識から魔物の肺まで潜り込み溺れさせる為に考案したオリジナル技、『水蛇』という技である。


といってもただ魔力を多く練り込み、集中して操る水操作魔法なのだが、操る水に毒を混ぜる事により威力が上がるオマケつきである。


井戸に毒を放り込んだ事件を参考に、水に毒を混ぜて無理やり敵にねじ込む技の為に、マジックバッグにはリントさんが集落横の毒草園の草花を使って作ってくれた眠り毒や麻痺毒などの毒液瓶が入っている。


まさか水蛇の技の餌食第一号がマジヘビのグランバイパーとは思わなかったが、いくら抗体あり毒が効きにくいといえど、血液が確実に巡る肺にブチ込まれた麻痺毒と冷水は、溺れ死ぬまでグランバイパーを追い込まなかったとしても、麻痺毒と体温低下で蛇の動きを鈍らせることはできた様で、はじめは驚いて、狂った様にのたうち回っていたが、すぐに狙いを僕に定めて絞め殺しにかかってきたグランバイパーは、己のデカさがかえって裏目に出て、寒さと毒で鈍ったヤツでは小さな人間一人を絞め殺す為の繊細な動きが出来なかったようだ。


蛇のトグロの内部から逃げ出す為に動き回りながらも、蛇を触り気力を吸い続ける…やはりと言えばそうなのだが、そこらの雑魚では比べ物にならない程に気力が吸収出来た様で、初めて手袋の甲にある素材が紺色になっていたのだ。


『よし、これなら身体強化を使っても、気力ゲージが空にはならないだろう。』


と判断した僕は、戦ってくれたグランバイパーに感謝しつつ、最近あまり使わずに飾りになっていた片手剣を構え、身体強化をインパクトの瞬間だけ発動するイメージでグランバイパーに全力で走り込み、ヤツの眉間に剣を突き立てると、その命の炎を消したのは、片手剣の方だった。


蛇は鋭い一撃を食らい怯んでいる今がチャンスなのだが、思わず、


「思い出の片手剣がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


と叫んでいる僕に、


「ケンちゃん!」


と、呼ぶのが先か、ニチャ棍Gが飛んでくるのが先かぐらいの勢いでシェリーさんからの支援ウエポンが射出されていた。


ニチャニチャ棍棒グレートを手にした僕はパーフェクトニチャニチャスレイヤー状態となり、再び軽くダウンしているヤツの頭蓋骨目掛け、片手剣の仇とばかりにフルパワー & 身体強化マックスで、ニチャ棍Gを沈めてやると、蛇の頭は爆散したが、まだ活動を止めていない蛇からは大量の血の雨が降り、最後あがきなのか蛇が一撃でも僕に当たれば良いとのたうち回って暴れているが、次第に動きが小さくなり、そして静かになった。


この戦いが終わり、狩り場の中央に陣取る厄介な蛇が消えて、一番に歓声を上げているのはヘルツノガエル狩りに来ていた冒険者達だった。


「スゲーな!」とか、「ありがとう。」などと聞こえる中で、蛇を回収し、


「アイテムボックス持ちか?凄い容量だな。」


などと驚く冒険者達に軽く会釈してから、池から離れた位置に繋いだギンカの元まで戻り、シェリーさんと自分にクリーンをかけて返り血やカエル汁を綺麗にしてからザイッチの町に戻った。

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